「亜陽君はそれでいいの!?両親達の言いなりで本当に満足なの!?」

私が不満を感じているのだから、彼だって心の内の何処かで思うところはあるのではないだろうか。

そんな強い思いを込めて、私は真っ直ぐと彼の目を見つめる。

「俺は美月と結婚出来るならそれ以上は何もいらないよ。君さえ居てくれれば、全てが満たされるから」

しかし、必死の訴えも虚しく。
亜陽君はあっさり否定すると、いつもの柔らかい表情に戻り、甘い言葉を耳元で囁いてきた。


何故だろう。

これまでと変わらない愛情を見せられ、ここまで求められているというのに、何だか素直に喜ぶ事が出来ない。


先程の話の後だからなのか。

それとも、来夏君の真っ直ぐな愛と比べてしまっているからなのか。


彼の口から発する言葉一つ一つに裏がありそうで、私は少しだけ警戒してしまう。

すると、亜陽君は私の右頬を掌で優しく包み込むと、愛おしそうに親指で肌をなぞる。

「だから、俺から逃れるなんて絶対に不可能だよ。どんなに抗おうとも、君は俺の月なんだから」  

そして、口元は笑っているのに、目は全然笑っていない。

これが彼の本心だと分かった瞬間、このもやもやとした状態が何なのか、ようやく解明できた。

「亜陽君は私のことを支配したいだけだよね?」

だから、これまで私が彼の掌から外れようとすることを許さなかった。

これも愛だと言われればそれまでだけど、少なくとも私はそう思わない。

むしろ、そんな愛され方は絶対に嫌。

これが亜陽君の本性ならば、やはりこれ以上彼と付き合うことは出来ないし、両家のしがらみなんてどうでもいい。

そう確信すると、私は彼の手を振り払い、一歩後退する。

「私はもう誰の駒にもなるつもりはないから!」

それから、興奮さめやらぬまま、勢いで生徒会室を飛び出してしまった。


本当は、今後のことを亜陽君ともっと話し合っていくつもりだったのに。

今はとてもじゃないけど、そんな余裕はなく、更に言えばこれ以上彼の顔を見たくない。 


ただ、このままだと何もけじめがつかないので、冷静になったら亜陽君には改めて謝罪のメッセージを送ろうと。

そう思いながら、私は生徒会室の方を振り返る。


以前亜陽君の浮気を指摘した時のように、直ぐ追いかけて来るのかと少しだけ期待していたけど、一向に彼が出てくる気配はなく、私は諦めたように小さく肩を落とす。


おそらく、それだけ彼を怒らせてしまったのか、或いは失望させてしまったのか。

いずれにせよ、今回のことで亜陽君の出方が今後どうなるのか。
 
そんな不安を抱えながら、私は深い溜息を一つ吐くと、ひとまずこのまま家に帰ろうと昇降口へと向かった。