亜陽君のお礼は何にしよう。  

午後もあるし、お菓子よりもエナジードリンク系の方がいいかな?

購買までの道中、彼に渡すものの候補を色々上げながら階段を登っていると、丁度踊り場に立っている亜陽君の後ろ姿を捉え、私は声を掛けようと急いで階段を駆け上がる。


しかし、次の瞬間。

彼の隣に立っているある人物が視界に入り、そこで私の足はピタリと止まってしまった。

「ねえ九条君。練習はもうしないの?別にこれからも私のことは好きにしてもらっていいのに」

「美月が悲しむことはしたくないから。それに、もう君の体は十分だよ。これ以上君で満足することもないし」

そして、聞きたくない会話が耳に入ってきて、思わず後ずさってしまう。

色々あってすっかり頭から抜け落ちていたけど、白浜さんは今でもこうして亜陽君に言い寄っていたなんて。

彼がきっぱり断ってくれたのは嬉しかったけど、それまで亜陽君は白浜さんの体で満足していた事実を改めて知り、あの頃のショックが蘇ってくる。 

けど、今の私は人のことをとやかく言う資格なんてどこにもない。

自分だって彼以外の温もりに満たされ溺れてしまって、それが現在進行形なのだから余計タチが悪い。
 

「……あ、そう。でも、気が向いたら声を掛けて。私九条君ならいつでも大歓迎だから」

すると、程なくして二人の会話が終わり、私は物陰に隠れようかと辺りを見渡したけど、階段上では当然ながらそんな都合のいい場所はなく。

そうこうしていると、踊り場から降りてきた白浜さんとバッチリ遭遇してしまい、表情が思いっきり強張ってしまった。


「……あ、あの……」

目が合った以上、無視するわけにもいかず。
とりあえず、軽い挨拶だけでもしようと言葉を探していると、突然彼女に思いっきり睨まれてしまい、その気迫に一歩後退してしまう。

それから、一言も発することなく白浜さんは私の横を素通りしていき、そんな彼女の後ろ姿を私はただひたすら呆然と眺めていた。


「美月?体はもう大丈夫なの?」

その時、背後から亜陽君の声が響き、ふと我に返ると、慌てて彼の方に視線を向ける。

「あ、うん。お陰さまで。あの時はありがとう。それで、これから亜陽君に渡すお礼を買おうと思ってるんだけど、一緒に購買行かない?」

「別にいらないよ。それよりもお昼食べよう。それで俺は十分だから」

本当は彼女について色々聞きたかったけど、この甘い雰囲気を崩したくないし、彼も白浜さんのことには一切触れてこない。

なので、あの話は聞かなかったことにしようと。


…………なんて。

そう簡単に受け流せるのなら、苦労なんてしない。


兎に角、悶々とする気持ちは後から付いてくる背徳感と一緒に心の奥底に沈め、今は亜陽君とのお昼を楽しむことに集中しようと決めた。