「あの、八神君ってバスケしてたの?動きが現役の人達よりも凄かったね」

「ああ。趣味で休みの時たまにやってるから」

とりあえず、何でもいいから会話を繋げようと。
私は思い付いた事をそのまま口にしてみると、意外過ぎる答えに一瞬目が点になる。

普段の生活態度を見ている限りだと、スポーツなんて全く興味がないのかと思いきや、彼にそんな趣味があったとは。

「なんか、八神君ってバイトしたり運動したりで、案外健全なんだね」

やはり、人は見た目で判断してはいけないと思った反面。
そのギャップが少し可笑しくて、失礼なのは分かっているけど、つい笑みがこぼれてしまう。

その一方、相変わらず表情が険しいまま、先程から穏やかでない彼の雰囲気に、そろそろ我慢の限界を迎えてきた。

「えと……私何かしちゃった?なんでずっと怒ってるの?」

心当たりと言えば亜陽君を応援していたことしか思い付かないけど、それだけでここまで不機嫌になるのだろうか。

他にも理由があるなら早く知りたいし、この蟠りもさっさと取り除きたいので、私は恐る恐る八神君の顔色を伺う。


「ムカつくんだよ。見てるだけでイライラする」

「……は?」

すると、的を得ない答えが返ってきて、私は首を横に傾げる。

「あいつを応援しているのも、真っ先にあいつが駆けつけたのも、あいつに抱かれて嬉しそうにしているのも、全部気に入らない」

そして、次から次へとぶつけられる彼の不満に、私は段々と頭の中が混乱し始めてきた。

「ちょ、ちょっと待って。なんで八神君がそこまで怒るの?側から聞いてると、まるで……」


“嫉妬みたいだよね?”


……とは、流石に言えず。

自意識過剰と思われたくなくて、私はそこまで言うと口を閉ざした。


「きゃっ」

その時、突然八神君から両肩を掴まれた途端、そのままベットに押し倒されてしまい、私は驚きの眼差しで彼を見上げる。


それは、獲物を狙う獣の如く。
私を見下ろす八神君の薄茶色の瞳から鋭い眼光がチラつき、その目力に圧倒されて視線を逸らすことが出来ない。

何故彼はこんな目で私を見るのだろうか。
何故こんなにも感情を剥き出しにしてくるのだろう。

これじゃあ、勘違いしてしまう。

温かい愛情なんて何一つ向けられていないのに、淡い期待を抱いてしまう自分を止められなくて。
これ以上堕ちたくないのに、心はどんどん蝕まれていく。


そんな硬直する私の頬を、そっと掌で包み込んできた八神君。

表情とは裏腹に、その手付きはいつになく優しくて、まるで私を翻弄してくる仕草に心が更に掻き乱されていく。

どんなに抵抗しようと思っても、受け入れてしまう。

この掌の優しさに心地良さを覚えて、このまま身を委ねてしまったら愛情すら感じてしまうかもしれない。