すると、直ぐ近くで人の気配を感じた途端、渚ちゃんの手が私の肩にそっと置かれ、恐る恐る顔を上げる。
「だから、倉科副会長は真面目過ぎるんです。あと色々追い込み過ぎです」
一体どれだけ失望されるのかと思いきや。
これまた予想に反する返答に、私はその場でうろたえる。
「これも人の考え方次第ですけど……別にいいじゃないですか。結婚してるわけじゃないし、私達まだ多感な時期真っ盛りですよ?そりゃ色々ありますよ。大人の世界だって色々あるのに」
一方、自分よりも遥かに人生経験豊富なのではと思わせる程の落ち着いた口調で熱く語りだす渚ちゃん。
私はただ唖然としながら彼女の話を聞いていることしか出来なくて、何も言えずに立ち尽くしていると、渚ちゃんは私の手を優しく握ってきた。
「だから、いいんです。これは副会長の人生ですよね?誰に指図されるものでもない、自分だけのものです。いずれは決着付けなくてはいけないですが、それまでは大いに揺れ動いて、迷って下さい。人の気持ちは、そう簡単に決められた形には収まりませんから」
そして、満面の笑みを向けられた瞬間、心の奥底に沈んでいたものが小さく揺れ動く。
それは、大分前にしまい込んで、次第に忘れ去られて、自分自身すら見向きもしなかったもの。
それをずっと誰かに拾って欲しかったのかもしれない。
誰でも良いから、私自身に目を向けて、認めて欲しかった。
亜陽君の許嫁としての私じゃなくて、倉科美月としての私を。
「……うっ」
ここまで強く思ったことはなかったけど、潜んでいた本心と正面から向き合えた瞬間、再び涙が溢れてきて、今度はそう簡単に抑えられそうにない。
それだけ渚ちゃんの言葉には愛があって、優しくて、とても暖かくて。
ずっと抱えていた重荷が少しだけ軽くなったような気がして、私はこれまであった出来事を包み隠さず彼女に話した。