「やってみたいの。私も、八神君みたいに働くってどういうことなのか経験してみたい。ただの身勝手なのは分かってる。それは大変申し訳ないと思う。……けど、どうか私にもその機会を頂けませんか?」

八神君が働く姿を見て、ふと思い出したこと。

それは、以前料亭で会った時に見せてくれた、彼の生き生きとした表情。

自分の思うままに生きて、その結果目の前の彼はとても大変そうだけど、どこか輝いて見えて。
それを目の当たりにした私は、改めて心の底から羨ましいと感じてしまった。


果たして、働く事が自分の欲求を満たしてくれるかは分からない。

けど、何でもいいから私も自分の知らない世界に踏み込んでみたい。

そんな、無鉄砲で無責任な考えをしてしまう程、気付けば彼に大分触発されてしまって、そう簡単に諦めたくない。

だから、周りが何と言おうと自分の意思を曲げるつもりはなくて、私は真っ直ぐと彼を見返す。


それから、暫しの間流れる沈黙。

私も八神君もお互い一向に口を開かないので、間に挟まれた渚ちゃんが徐々に狼狽始める。

すると、不意に八神君は口元を緩ませると、ポケットからスマホを取り出した。

「上に聞いてみるから少し待ってろ」

そして、キッチンの隅の方に行くと、暫く誰かと通話をした後に、八神君は小さく溜息をはいてから、こちらに戻ってきた。

「可能な限りでいいから、構わないってよ。とりあえず、足でまといになったら直ぐに止めるからな」

「うん!ありがとう」

却下される覚悟で待っていたけど、意外にもあっさりと許可が下りたことが嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべながら大きく頷いてみせる。