未だ頬に残るキスの感覚。

折角これまでの過ちを消し去ろうとしていたのに、胸の奥にしまい込んでいた熱が再発しそうで、それを何とか必死で抑える。


何故彼はここまで掻き乱そうとするのか。

私の事なんてただの遊びでしか見ていないくせに、ここまでされる意味が全く分からない。


これまで口煩くしていた腹いせなのか。

それとも、翻弄される私がよっぽど可笑しいのか。

いずれにせよ、その深みにどんどんハマってしまう自分を食い止めることが出来なくて。やり場のない怒りと、不甲斐無さに胸が苦しくなる。


その時、隣に立っていた亜陽君に突然手首を捕まれると、そのまま来た道とは反対方向へ歩き出し、私は慌てて彼を見上げた。

「あ、亜陽君?何処行くの?部屋はそっちじゃないよ?」

しかし、いくら尋ねても返答がない上に、八神君にキスをされて以降ずっと無表情のままなので、不安と少しの恐怖が入り混じり、徐々に鼓動が速くなっていく。

すると、亜陽君は使用されていない個室の前で立ち止まると、躊躇いもなく奥へと進み、襖を閉めてしまった。

そんな彼らしからぬ行動に、緊張が最高潮まで達した直後。
私の体を包み込むように優しく抱き締めてきて、強張っていた体が少しだけ緩む。

「あの……。亜陽君ごめ……ひあっ!」

そう安心したのも束の間。

未だ口を開こうとしない彼に一先ず謝ろうとした矢先。
突如亜陽君の柔らかい唇が右頬に触れた瞬間、舌がぬるりと滑り、不意を突かれた私は堪らず奇声を発してしまった。

それから、頬を伝いゆっくりと首筋に沿って唇を下に落としていく仕草が何とも官能的で。くすぐったいような、体の奥が疼くような感覚に襲われながら、私は声が漏れ出ないよう必死に耐える。


「……ねえ、美月は俺のものだよね?」

そんな中、前触れもなくポツリと投げられた彼の問い掛けに私は一先ず無言で頷くと、亜陽君はやんわりと微笑み私と視線を合わせてきた。

「君の心も体も全部好きにしていいのは、俺だけだよね?」

そして、不自然な程に優しく語り掛けるその声が、余計言葉の重みを増しているようで。

若干畏怖しながら私は再び無言で首を縦に振った。

それを合図に、亜陽君の目付きが変わる。

これまで普段と変わらない穏やかな瞳の奥から妖しい光を帯びた途端、強制的に顎を引き上げられ、少し乱暴に唇を重ねられた。