会食が始まってから早二時間近くが経過。
大人達はお酒が入り、いい具合に酔っ払ってくると、そこから私達の出番はほぼない。
なので、いつも会食が終盤に差し掛かると、亜陽君と抜け出し、広い料亭の中庭で二人の時間を過ごすのが昔から唯一の楽しみだった。
私達はお座敷部屋を後にすると、少し歩いた先にある小さな池の前に設置されたベンチに腰掛ける。
「……はあ、疲れた」
同時に漏れ出した亜陽君の盛大な溜息。
いつも颯爽としている彼だけど、この時ばかりは表情に雲が掛かり、まるで仕事終わりのサラリーマンみたいにぐったりとした様子で、亜陽君は首元のネクタイを緩めた。
確かに、この会食で一番の苦労人は、後継者として期待されている彼だと思う。
他の誰よりも周りから関心を向けられているし、多くを求められている。
それがどれだけプレッシャーで窮屈なのか。
そのことについて彼は何も口にしないけど、この表情だけで全てを物語っている気がして、居た堪れなくなった私は亜陽君の手にそっと自分の手を重ねた。
「亜陽君お疲れさま。今回も大変だったね」
もう少し気の利いた言葉を掛けたかったけど、私の頭では思い浮かばず、結局は無難なことしか言えない自分が悲しくなってくる。
「いつもの事だから慣れてるよ。それよりも、美月もう少しこっちに来て。食事中は全然君に触れられなかったから」
すると、亜陽君はいつもの柔らかい表情に戻り、私の肩を優しく引き寄せてきて、反射的に心臓がトクンと小さく跳ねる。
「やっぱり、こうしている時が一番癒される」
そして、私の頭に自分の頭を乗せてから、愛おしそうに肩を抱く彼に触発され、私も彼の温もりをより感じたくて、更に近付き亜陽君の肩に頬をすり寄せる。
「亜陽君と結婚できたら、毎日こうして一緒に居られるんだよね」
それから暫くの間、暖かい日差しと彼の体温を堪能しながら、私はしみじみと今日話題にあがった二人の将来について振り返った。
「そうだね。出来る事なら今直ぐにでも結婚したい。そしたら、美月は完全に俺だけのものになるから」
そう強調して話す亜陽君の真っ直ぐな言葉が嬉しい反面、どこか意味を含めた言い方に胸がちくりと痛む。
けど、私を深く愛してくれていることには変わりないので、ここは素直に受け止めようと小さく頷いた。
「私はいつだって亜陽君だけのものだから、安心して」
そして、負けじと彼に対する愛情を示す為、大胆発言に少しの抵抗を感じながらも、自分の気持ちをはっきりと伝えた。
再び訪れる、静かで穏やかな一時。
今日はあまり人がいないのか、周囲には私達しかおらず、聞こえてくるのは池のほとりにあるししおどしの音だけ。
そんな二人だけの空間が更に特別感を演出してくれて、幸せな気持ちで心が満たされていく。