「紬、、」

綾川との距離が数メートルになったところで、彼がそう呟いた。

私のことをまじまじと見つめ、今まで見たことの無いような表情をしている。

「なんか知らねー奴みたいだな」

着飾った私に対して、綾川はそんな失礼な言葉を吐いてきた。

「それはそっちもでしょ」

思わずいつものように低い声で彼を咎め、睨みつけてしまう。

「あ、やっぱ普通の紬だ」

何故か綾川は一気に破顔し、見覚えのある人懐っこい笑顔を浮かべた。

そんないつもの綾川を見て私はやっと少し逸らしていた視線を彼の方へと戻した。

「普通って何よ」

せっかく何時間もかけてドレスアップしたのにそれはないだろと口を尖らせる。

「すんごい綺麗だったから緊張してたけど、いつもの紬で安心したって意味だよ」

綾川が嬉しそうに私に1歩近づいた。

さらっと綺麗だと言われて心拍数が上がるのを感じる。

「すんごい」なんて幼稚園児じゃあるまいし、、と呆れながらも、褒めて貰えたことは素直に嬉しいと思った。

容姿を褒められるなんてそれこそ幼稚園児のとき以来だ。

「、、、ふーん、、」

満更でもない顔をしているだろうということは自分でも分かったが、どうせ鈍感な綾川は気付かないだろう。

そう思っていると綾川が「俺は?」と言わんばかりの目でこちらを見ていることに気づいた。

「、、綾川も意外とスーツ似合ってる」

仕方なくといった口調で彼のことを褒める。

「まあ、この俺に似合わないものなんてないからな!!」

どれだけ背伸びをしても中身はただの綾川なんだなと再確認した一言だった。

途端に緊張がほぐれる。

「早くパーティーで美味しいもの食べたい!絶品料理が私を待ってる!」

そう綾川の腕をぐいぐい引っ張ると、彼は得意げな顔で私を見返した。

「今日は五つ星レストランのシェフの料理しか置いてないからな。覚悟しとけよ」

「やったー!!!」

心做しかニヤニヤしている竹岩さんやメイドは見なかったことにして、綾川とドレスルームを出た。