「このローズ宮にも使用人はいるから、なにか用事があるときは遠慮なく言えばいい」
「感謝いたします」

 サイラスは小さくうなずき、そのまま自分の部屋のほうへと立ち去っていく。
 ふたりのやり取りをそばで聞いていたシビーユが目を丸くしていた。サイラスが巷の噂とは全然違って紳士的だったので驚いているのだろう。

 結婚式を終えたばかりで今日は初日だから、本性を隠してやさしく接しているだけなのか……
 それとも、想像していたよりもまともな皇子だったのか……
 今はまだどちらかわからないと不安を抱きつつ、手を振ってシビーユを見送った。

 第二皇子の正妃として与えられた部屋は想像以上に広かった。
 豪奢な家具や調度品がたくさん揃えられている。ブロムベルク家も相当なものだったが、それとは比較にならないくらい上質だ。
 ほとんどのものはアンティークなのだけれど、その中でふたつだけ真新しいものがあった。
 ひとつ目はドレッサー。部屋の雰囲気に合わせてスタイリッシュなデザインのものが置かれてある。
 そしてもうひとつはベッド。わざわざ新調したようだけれど……これは、ひとりで寝起きしろという意味だろうか。
 ラグジュアリーで高級そうだが、どう考えても夫婦ふたりで使おうとしているのではないとわかる。

(サイラス様は私に手を付ける気はないようね……)

 カリナの身代わりとして嫁ぐのなら、当然の如く夜を共にしたり出産することも覚悟をしていた。
 皇太子妃のように男子を産まなければならないといったプレッシャーがないだけマシだと自分を慰めていたのだが、そのベッドを見た途端、本当に形だけの結婚だったのかと少しだけ気が楽になった。