「あの……」


私が困っていると、遥人さんはニセモノの笑みをうっすら浮かべて私に手を差し出した。


「澪が嫌なことしてごめんね。これからは気をつけるね」


遥人さんが嘘でも人に頭を下げるとは思いもせず、私は呆然とした。


「あ、えっと……はい……?」

「なんで疑問形なの」

「いや、遥人さんも謝るんだ、って……」

「人を何だと思ってるの」


多分、今思っていることを言ったら怒られるだろう。


「澪ちゃん、そういう時は“プライドの塊だと思ってます”って素直に言うのがいいよ」

「……あ゙?」

「いや、そんなこと思ってないですっ」


都鹿先輩が変なこと言うから私まで怒られるところだった。

言わなくて正解だったということだ。


「澪ってさ……」


不意に呟かれた遥人さんの言葉に、下がっていた視線が遥人さんに定まる。


「なんでしょう」

「……いや。なんでもない」


意味ありげな言葉に続いたのは誤魔化しだった。


「え、あの、気になるんですが」

「澪が気にすることじゃないよ」


それならば誰が気にするのか、と思ったが、どうせ言っても無駄なのだろう。

私は言葉を切った。


「兎に角、遥人は結婚するまで澪ちゃんの身体に性的な理由で触れないこと!」


都鹿先輩が遥人さんに諭すように言った。


「叶、出てけ」

「はいはい。澪ちゃんに学校で手出さないでよね」


ひらひらと手を振って、都鹿先輩は扉へ近づいた。


「あ。澪ちゃん、なんかされたら俺に相談してね」

「あ、えっと、ありがとうございます。あの、都鹿先輩に手を煩わせてしまってすみません」


ふと振り返った都鹿先輩に声をかけられて、焦って答える。


「あと、“都鹿先輩”じゃなくて“叶”で全然いいからね」


そう言うと、今度こそ本当に社会科準備室を出ていった。


どんな形であれ遥人さんの行動を止めることのできる人がいるという事実に驚いた。