遥人さんは私をがっちりホールドしたまま動かない。


「お前が帰れ。俺がやる」

「残念だな。私の仕事場はここだ」


ふたりして、まるで子供のような会話を繰り広げる。


「あ、あの……大丈夫なので……」

「それはだめ。ちゃんと処置はしろ」

「あ、じゃあ自分でやるので……」

「遠慮すんな」

「いや、遠慮とかじゃなくて」


そんなに私の手当がしたいの……?


「おい、クソババア。やっぱりお前がやれ」

「はぁ?」

「但し、体勢はこのままな」

「え、あの、遥人さんっ、流石にそれは」

「なに? なんか俺に文句あんの?」

「でも」

「……お前は、俺のなに?」


唐突な問いに言葉を詰まらせる。

近くには白崎先生もいる。


「ねぇ、なに無視してんの。答えろよ」

「……私は、遥人さんの、所有者(モノ)、です」


私がたどたどしく答えると、白崎先生は遥人さんのことを引いた目で見た。


「権威を盾に他人を従属させるのはやめろ」

「俺は、お願いしただけだ。こいつは、嬉しそうに頷いたけど?」


遥人さんは自信満々に言葉を放つ。

少し間が空き、聞こえたのは白崎先生の大きなため息。


「お前はいつからそんなクズ男になった? ……昔はものすごい努力家で可愛げがあったのに」


と言いつつも私の手当てを始める白崎先生は、案外、遥人さんに甘いのだろう。


「それにしても派手にやったな。何したらこうなるんだ? 手もだろ?」

「体育で転びました」

「ゴミが澪の後ろから衝突してきた」

「人のことをゴミって言うのやめろ。嫌われるぞ」

「はっ、残念ながらもう嫌われてんだよ。俺がなんて言われてるか知ってるだろ? “顔と実家の権力だけ”」