「結菜ってさ、いつも表面的な話しかしないけど、悩みはないの?」
「えっ」
「それとも、私には言いにくいかな」
「そんな事ない」
「じゃあ、涙を流した理由を教えてくれないかな。二階堂に入れ込んでる様子も見られないから、何が原因で泣いてるかわかんないよ」
みちるはテーブルの上に両手で頬杖をついてニコリ微笑みながらそう言った。
結菜は一旦悩んで俯くが、テーブルの下のミニタオルをギュッと握りしめて決意を固める。
「実は私、日向が好きなの。今日までずっと隠しててごめんね」
「えっ、ちょ……ちょっと待って。結菜が好きなのは二階堂じゃなくて、阿久津日向なの? だって、あいつは高杉悟……」
みちるが『高杉悟』という名前を出した瞬間、以前結菜が学校の最寄り駅のブティック前で日向のポスターに目が釘付けだった事を思い出した。
結菜はコクンと頷くと話の続きを始めた。
「家政婦の勤務先は日向の家だった。それを知ったのはバイトの面接を終えて直接家に行ってから。向こうも同級生の私が新しい家政婦だった事を知らなかったみたい」
「……これは大スクープだわ。って事は、学校で顔を合わせた後に家でも顔を合わせてたって事だよね」
「うん、そう。でもね、家政婦をするにあたって条件がつけられてた。彼に好意を抱くなと。だから、きっとバイトがクビになっちゃったのかな」
結菜はそう言ってる最中、いい思い出と辛い思い出が蘇ってしまって再び涙がこぼれ落ちた。
「酷い条件だね。阿久津にはもう会えなくなったって事だもんね」
「それだけじゃないの。人間の顔の絵をクレヨンで黒塗りにしていたのは彼の妹。両親は1年前に他界していて、心に寂しさを溜め込んでいた。3日前は5歳の誕生日だったのに私は祝ってあげれなかったの。でも、彼に連絡したら私はストーカー罪で訴えられちゃうし」
結菜の厳しい現実に直面している様子を目の当たりにしたみちるは、思わず声を詰まらせた。
「なにそれ……。じゃあ、阿久津は俳優の仕事をしながら妹の面倒を見てたって事だよね。それに、ストーカー罪ってどう言う事なの」
「家政婦を離れたら関係を断ってくれって意味だよね。それに加えて彼の転校。……私、もうどうしたらいいかわかんないや」
結菜の瞳からは次々と涙が滴っている。
みちるは厳しい現実を受け止めながら、ヘラで焦げかかっているお好み焼きを一つ一つ裏返しにしてからテーブルの上にヘラを置いた。
「間接的に阿久津を諦めろと言ってるのと同じだよね」
「うん……」
「ごめん。状況があまりにも酷いから大した事は言えないけど、一番大切なのは結菜が阿久津を信じてあげる事かな。きっと阿久津も信じてくれていたと思うよ」
本当は彼のプライベート話なんてタブーだ。
もしかしたら今度は個人情報漏洩で訴えられてしまうかもしれない。
だけど、みちるに話を聞いてもらったお陰で少し気持ちが落ち着いた。
ドキ王のAIヒナタは的確な答えを出してくれるけど、人間のみちるは私の心を支えてくれる。