ーー同日の夜7時。
自宅のリビングテーブルには唐揚げ、ポテトサラダ、ローストビーフ、野菜スープ、ピザ、コロッケなど豪華な食事に加えて、中央にはデコレーションケーキが置かれていた。
兄がリビングに到着して着席すると、母は4人揃ったところを確認して先導をきった。
「お父さん、再就職おめでとぉ〜!」
「親父、おめでとう」
「おめでと〜」
母が拍手を始めると、私と兄も次いで拍手を始めた。
今はお祝いしたい気分じゃないけど、今日は父の再就職祝いだ。
「いやっはっはっは。ありがとう。みんなには1ヶ月半ほど迷惑かけたけど、無事に仕事が決まってホッとしたよ。お父さんの代わりに家計を支えてくれてありがとう。じゃあ、食事をいただこうか」
父の合図をすると、家族は揃って食事を始めた。
父の就職が決まったとの一報は、学校からの帰りの電車内。
本当は両手を上げて喜びたいところだけど、残念ながら今日は失ったものが多過ぎて素直に喜べない。
父と母と兄は、久しぶりの豪華な料理に舌鼓を打つ。
でも、私だけ孤島にいるかのように日向の事ばかり考えていた。
「あら……? 結菜、食事が進んでないみたいだけどどうしたの?」
最初に異変に気づいたのは母だった。
家政婦の仕事がクビになった事をまだ伝えてないから、余計に様子が気になるのかもしれない。
学校を出てから散々泣いたせいか、頭がガンガンしていて今は食事どころではない。
すると、父は立て続けに言った。
「結菜。勉強に夜遅くまでのアルバイトと随分迷惑かけたね。これからは勉強だけに集中しなさい。私が家族を守っていくから家の事はもう心配しなくていいからね」
「うん……、そうだね」
箸を手に取ってひと口ほどのポテトサラダを口に含むと、ほんのりと酸味が効いた味に自然と涙が浮かんだ。
これで正解だったんだ……。
元々私には何もなかった。
家族4人揃って食卓を囲むのが私たち家族のルーティーンなんだもんね。
それに、日向の家には今日から新しい家政婦が来てるはず。
林さんから説明を受けて、不慣れな手つきで日向とミカちゃんの裏方として支えていくだろう。
ミカちゃんはまた心を塞いじゃうのかな。
毎日少しずつ寄り添うようになってようやく心を開いてくれたのに、私が突然行かなくなったら心配するかな。
そして、新しい家政婦はちゃんと面倒を見てくれるのかな。
日向はどう思ってるのかな。
私がいなくても関係ないの?
今朝の言い方からして、家政婦がクビになる事を事前に知らされていたのかな。
じゃなきゃ、二階堂くんと上手くやってけよなんて言わなかったはず。
私が二階堂くんと恋人になれば、こんなに苦しくなくて済む。
顔も性格も容姿も最高で、私を大切に思ってくれる。
不備や不満なんて一つもない。
それに、みちるだって上手くいくように応援してくれる。
……でもね。
それでもあいつが気になるの。
堤下さんから好意を寄せるなと忠告されてたのに、私は自分から心の距離を縮めてしまった。
もう少し距離をとっていればこんな気持ちには生まれなかったのに。
私、バカだよね……。
やっぱりあいつから離れたくないよ。