堤下はマンションに到着してスペアカードキーで家に入ると、日向は照明がつけっぱなしのリビングのソファで夏掛けを羽織ったままぐったりと横になっていた。
夕方までドラマ撮影をしていたが、体調が優れないので先に上がらせてもらった後に家に送り届けてから薬を買いに行っていた。
隣のテーブルには湯気がらせん状に上がっている卵粥。
そこには、結菜が看病した形跡がしっかりと残されている。
堤下はビジネスバッグを床へ置いてレジ袋をリビングテーブルへ乗せてから、日向の肩を軽く揺すった。
「大丈夫か? 解熱剤と経口補水液を買って来たから飲みなさい」
「……っん、ゴホッゴホッ……平気。ありがとう」
日向は鉛のような身体を肘で押し上げて起きると、堤下は隣から身体を支えて座面に座らせた。
「テーブルのお粥は早川さんが?」
「うん。体調を気遣って作ってくれた」
「そっか……。最後の晩餐がお粥とは皮肉な話だ」
日向は、その『最後の晩餐』というキーワードが引っかかると、うっすらと開けていた目をハッと開かせた。
「……それ、どういう意味?」
「もう次の家政婦が決まった。だから、彼女の勤務は今日で最後になる」
「えっ! ゴホッ……ゴホッ……。そんなの聞いてない」
「先程採用したばかりだ。やっぱり高校生の彼女に家政婦業務は務まらなかった」
日向は一方的な見解を叩きつけられた瞬間、カッと頭に血が上ったなった。
「どうして相談もせずに他の人を採用するんだよ! あいつはしっかり仕事をしてくれてるし、今のところ何の不備もない。それに、幼稚園の父兄参観の時だって……」
「その身勝手さが迷惑だと言ってるんだ」
堤下は強い口調で反論をピシャリと止めた。
しかし、日向は納得がいかず反抗心を露わにする。
「俺は2人家族だからあの時は凄く助けられたよ。ゴホッ……ゴホッ……。他の父兄のように建前だけでも2人揃って参加出来たし、ミカが初めて人に懐いた。それに、俺だって距離を置くように努力してるし……」
「私にはその努力が見えなかった。それに、彼女とはただの紙切れ一枚の関係なはずなのに、お前がそうやって反論する事自体間違ってるんじゃないかな」
「……っ!」
日向はどんなに反論しても、堤下は一枚被せてくる。
確かに言われた通り、離れなきゃいけないと思う反面、傍にいて欲しいと思う気持ちが積み重なっていた。
それに加えて先ほど不意に漏らしてしまった本音。
しかも、今後も固い意志が貫けるかどうかすら自信がない。
「実は雇用契約を結ぶ際に彼女に誓約書を書いてもらった」
「ゴホッ……ゴホッ……誓約書? なにそれ。聞いてないんだけど」
堤下はビジネスバッグのファスナーを開けて、書類ケースから一枚の紙を取り出して日向の目の前にぶら下げた。
日向はその『誓約書』と書かれた紙を見て思わず言葉を失う。