ーー夜20時25分。
結菜は無音に包まれている日向の家のリビングで洗濯物を畳んでいると、玄関から物音がした。
ピー ガチャ…… ドッ……ドッ……
「ゴホッ……、ゴホッ……」
彼の帰宅と同時に聞こえてきたのは苦しそうな空咳。
つい心配になって洗濯物をソファに置いてから小走りで玄関に向かった。
靴を脱いでいる日向の顔に目を向けると全体的に赤い。
「お帰りなさい。……咳、酷いみたいけど風邪を引いたの?」
「実は今朝から体調悪くて……」
「だから丸1日机で寝てたんだね。熱はあるの?」
「多分……」
「どれどれ」
結菜が心配の眼差しで額に触れると、想像以上に熱かった。
しかし、心の異変に気づきつつある日向は、結菜の手を左手で払い除ける。
「触んなくていい」
「もう! かわいくないんだから……。でも、すごい熱。夕飯食べたら薬飲んで安静にしないとね」
「市販薬は常備してないよ」
「じゃあ、今から薬局に買いに行ってくる。少しだけ待っててね!」
結菜はカバンを取りに行こうとしてリビング方面に身体を向けると、日向はすかさず結菜の手首を掴んだ。
「いーよ。行かなくて」
「どうして? 薬を飲んだ方が楽になるよ」
「すぐ寝るから。それより夕飯を……」
「う……うん。じゃあ、夕飯の準備が出来るまでベッドに横になっててね」
それから日向は結菜に言われた通りベッドに横になって、結菜は作った夕飯を温め直し始めた。
しかし、結菜は咳込んでいた事を思い出すと、温めていた味噌汁の火を止めて棚から別の鍋を取り出して卵粥を作り始めた。
ご飯をコトコト煮込んでる最中も心配が止まない。
ーー気づけば時計の針は21時を過ぎて退勤時間に。
彼にひと声かけてから帰ろうと思った。
コンコン……
「日向、起きてる? 夕飯出来たよ」
扉越しに声をかけてみたけど反応はない。
という事は、もう寝ちゃったかな?
眠ってるなら無理に起こさない方がいいよね。
メモを残しておけば目が覚めた時に食べてくれるよね。
扉は私達の境界線だから、自分から開けるのは遠慮したい。
だから、もうひと声かけて反応がなかったら帰ろうと思った。
コンコン……
「日向、私もう退勤時間だから帰るね。卵粥を作ったから後で食べてね」
無音の空気を感じ取った後、諦めをつけてからエプロンを外してカバンの中にしまっていると……。
ガチャッ……
黒いTシャツにグレーのスゥエット姿の日向が閉ざされていた部屋の奥からふらりと姿を現した。
さっきまでは完全に無反応だったのに、突然起きてきたのでちょっとびっくりした。
「お前が……」
「えっ、どうしたの?」
「俺にメシを食わせろ。ゴホッ……ゴホッ……」
突然偉そうな口調でそう言われた途端、ガクッと肩が落ちた。
急に変化球を投げつけられても対応出来ないよ。
一体、あいつはどこまで俺様なんだろう……。