「その写真が何?」
「写っているのは結菜よね。どうして高杉悟の写真に映っているか理由を知らない?」
「高杉悟のスマホなのに、どうして俺がその写真について知ってると思うの?」
「あんたがこのスマホを持っていたからよ。高杉悟について何か知ってるんじゃないの?」
「知らね。だからスマホを返して。話はもう終わっただろ」
「嫌よ。まだ全て聞き終わってない」
「いいからよこせ。人のプライベートを覗き見するなんて最低じゃない?」
「ダメ、返せない。あんたの口から真実を聞くまでは」
「いい加減にしろよ! そんな事をしてお前の何がプラスになるんだよ」
日向は高々と上げている杏の右手首を掴んでスマホを奪おうとするが、杏は指に力を入れて手放そうとしない。
しかし、日向のメガネの奥の瞳を見ているうちに、バラバラだったはずの脳内データが徐々に結合していく。
「ねぇ、今日まで全然気づかなかったんだけど。もしかしてあんた……」
日向は急に杏の目の色が変わった瞬間、防御機能が働いてさっと目線を逸らした。
杏はその仕草を見て疑いが確信へと迫る。
「高杉悟なんじゃないの?」
「……っ(やべっ)」
「そうよね。よく見たら目がうり二つ。……ううん、そっくりどころか本人そのもの」
「他人の空似だろ」
「嘘。私、毎日悟のインスタ見てるから知ってるの。【アンナ】というニックネームで毎回コメント打ってるの」
「……(こいつがインスタで『愛してる』攻撃の、あのアンナか。文面は本人とは似つかないほど乙女だけど)』
「ねぇ、阿久津は悟本人よね? 絶対に間違いない。悟王子だよね」
「(悟王子言うな)……話になんない。俺、もう行くわ」
日向は想定外の事態に気持ちが追いつけなくなって、スマホの件は一旦諦めて杏に背中を向けて廊下方面へ歩き出した。
しかし、杏は諦めずに背中を追った。
「悟っ! ねぇ、悟! 待って……」
「俺は悟じゃなくて日向だから」
「嘘。あんたは間違いなく高杉悟だよ。同じ学校に通ってたなんて信じられない。しかも同じクラスだったなんて……。悟王子の大ファンなのに、どうして気づかなかったんだろう」
校舎に上がった後も悟の名前を連呼する杏。
日向は苦難が襲いかかって無視し続けるが、杏が興奮状態で問いかけ続けていたので、周りの生徒も次第に異変に気づいて目線を向け始めた。
「あ〜、うるせぇ。別に騒ぎ立てるほどの事じゃねぇだろ」
日向は急に振り返って呆れた目を向けると、杏の手からスマホを奪ってスラックスのポケットに突っ込んだ。
しかし、杏はそこで張本人だと確信すると、頬を赤く染めたまま足を止める。
日向は他の生徒たちから高杉悟の噂話を浴びたまま、無言で教室に入って行った。
しかし、日向がスマホを落とした事から始まったこの小さな事件が、残酷な明日を生み出す引き金になってしまうとは、この時は思ってもいない。