天気など関係なく時間になったら日向の家に出勤する私。
先に到着している林さんにバスタオルを借りて濡れた制服の水滴を吸いこませた。
家に到着する直前は雨足がだいぶ強くなっていたので、制服は上下ずぶ濡れに。
洗面所で持参したラフな服装に着替えてエプロンを装着してから制服をハンガーにかけた。
それからいつも通りに家事をこなしていき、ミカちゃんの部屋の掃除をしていると、玄関から音がしたので扉の奥から顔をヒョイと覗かせた。
「おかえり〜。今日は早い帰宅だね。雨すごかったよね」
日向が18時20分に帰宅するなんて勤務してから初めての事だけど、暗い顔をしながら無言で横を通り過ぎていった事が気になっていた。
そのまま一直線に部屋へ向かって行ったので、後を追って部屋をノックした。
コンコン……
「日向〜。暗い顔をしてどうしたの? 仕事先で何か嫌な事でもあったの?」
しかし、返事をされないどころか、扉の下からは照明の光が漏れてこない。
異変を感じつつも仕事が残っているので再び作業へ戻った。
この時は何かが原因で落ち込んでるのではと思いながら一連の作業をこなしていたが、ミカちゃんをお風呂に入れてと頼んでも無言だし、夕飯時に声をかけても部屋から出てこなかったので、経過時間と共に事の深刻さをより一層強く感じるようになっていた。
ミカちゃんを寝かしつけた後、再び彼の部屋に出向いた。
コンコン……
「日向、起きてる?」
相変わらず一切無言の部屋。
先日何でも話してと伝えたばかりなのに、やっぱり何も変わらないどころかこの扉が私達2人の境界線になっている。
テーブルに置きっぱなしの彼の分の夕飯は、時間経過と共に冷めていく。
普段なら日向と2人で喋って過ごしている時間は、今やバラエティ番組の笑い声に包まれる時間に。
退勤時間5分前になったので、再び彼の部屋に行って声をかけた。
「私、あと5分で退勤するね。この後二階堂くんと待ち合わせをしてるから、行かなくちゃいけないし……」
モチベーションを下げたくないから二階堂くんと待ち合わせをしている事は言いたくなかったけど、今日は彼にとって特別な日。
だから、時間がない事も伝えなければならない。
無反応な部屋に諦めをつけて扉に背中を向けて二歩あるくと、数時間ぶりに扉が開かれて急に左手首を掴まれた。
あまりにも突然の事でびっくりして振り返ると……。
「行くな」
「えっ……」
「お願いだから、まだ行かないで欲しい」
そう言って切実な目を向けてきた彼に、自然と足が引き止められてしまった。
でも、大事な約束があるから破る訳にはいかない。