そして、辛い過去を背負いながら笑顔でメディアの前に立っていた彼。
芸能人なら家族の事故はニュースで取り上げられてもおかしくないのに、本名を伏せて世間に溶け込んでいるせいか、誰も彼の不幸を知らない。
『演じてる時の自分はほとんど別人だからね。どんなに辛い事があっても、演技中はもう1人の自分に助けられたりするし』
彼の家で一緒にドラマを観たあの日の言葉の意味が今ようやくわかった。
本当はずっと苦しかったはず。
事故と現実に板挟みされて、ミカちゃんを育てながら仕事をこなしている。
学校と職場の行き来で気持ちを吐き出す場所や時間さえない。
それなのに、私は興味本位で触れてはいけない部分を突っついていた。
私は今にも壊れそうになっている彼を見つめているうちに自然と心が動いてしまい、右手で彼のYシャツの裾をギュッと掴んで言った。
「そんなに自分を責めちゃだめだよ。それに、日向には私がいるよ」
「えっ……」
日向は顔を覆ってた手を外して、左側の結菜へ目線を向ける。
「私達、親友なんだよね? それに、『何でも話していいよ。辛い事があっても1人で抱え込むより話を聞いてもらう相手がいれば楽になるだろうし』って言ってたのは日向じゃん」
「……」
「親友ってね、ホントは凄いんだよ。辛い話は全部聞けるし、精神的に弱ってる時は隣から支えてあげる。流した涙だって水分がなくなるまで拭いてあげるし、手が足りない時は私の手が差し出せる。それに、日向のモチベーションを上げるのも私の仕事でしょ?」
「結菜……」
「だから、もっと頼っていいんだよ。どんなに辛くても1人で抱え込まなくてもいいんだからね。私が全部受け止めてあげるから遠慮しないで」
結菜は瞳を潤ませながらそう言うと、心が揺れた日向は右手を結菜の肩に触れようとした。
ところが、指先が触れる直前に堤下の言葉を思い出す。
『お前には彼女を惹き付ける力も突き放す力もある。だから、どんな事態に直面しても感情をコントロールして欲しい』
自分の将来を考えた途端、指先が思い留まる。
あと少しで触れそうになっていた指先はそのまま額に向かってデコピンをした。
「いでっ!」
「……生意気」
「へっ?」
「お前が俺様の親友なんて100万年早いんだよ。ばーか」
日向はベーッと舌を出してその場から走り出した。
一方、小馬鹿にされた結菜はムカっとして拳を上げながら日向の後を追う。
「何よーー! あんたが落ち込んでるから心配して言ってるのに〜!!」
「あははっ。もしかして俺に惚れてた? そうならそうと素直に言えばいいのに。かわいくないねぇ〜」
「そんな訳ないでしょ!! どうしてあんたはそんなに自信過剰なのよ」
2人は湿っぽい空気を一掃させるかのように冗談を言って笑いながら追いかけっこをした。
心の中で結菜に感謝して心がグラついている日向。
そして、日向の力になろうと心に誓った結菜。
2人の気持ちが匍匐前進気味に接近している最中、すぐ目前まで迫っているある事件が気持ちに明暗を生じさせた。