「うちには小六の娘と小三の娘がいるから話し相手も困らないだろうし、このまま両親のいない子で育てていくのは可哀想だし」
「ダメです。その話は絶対に受け入れられません」
「どうして?」
「俺の家族はミカしかいません。仕事が安定していて財源もあるし、家事に困らないように家政婦も雇ってます。だから、ミカはどこにも引き渡しません。その話の続きをするつもりなら帰って下さい」
日向は強い口調で跳ね返すとソファに向かって叔母の腕と荷物を掴んで玄関へ連れて行った。
だが、叔母もミカの将来を想うあまり引けを見せない。
「ミカちゃんの気持ちも考えてあげて。両親がいないだけでも心が不安定なのよ。それに、あなただってまだ高校生……」
「もう帰って下さい。ミカは誰にも渡しません。俺からミカを取ったら何も残らない」
「あなたの収入だって不安定なのよ。ミカちゃんが傍にいるから仕事もセーブしてるんでしょ。あなたはあなた自身の将来を考えていかないと」
「自分の将来もミカの将来も、自分が背負ってくんで心配しないで下さい」
「いまは呑気にそう言ってられるけど、ミカちゃんだってこれからの生活があ……」
「帰って下さい! ……もう聞きたくありません。これ以上俺の家族に口を出さないで下さい」
日向は力強くそう言うと、叔母を玄関扉の向こうへ追いやって荷物を突き出してから玄関扉を力強く閉めた。
扉に背中をもたれかかせると、左手で顔を押さえながらなだれおちるように地面に腰を落とす。
すると、一部始終叔母とのやりとりを聞き取っていた結菜は、洗面所の引き戸をスッと開いて靴を持ったまま日向の前に立った。
気配に気づいた日向はボソリと呟く。
「そんなところで話を盗み聞きして楽しい……?」
「ごめん、そんなつもりじゃなかった。日向の両親は既に他界してたから、ミカちゃんと2人暮らしだったんだね。もしかして机の上にあった1年前の新聞はあの時の事故の……」
「以前、詮索しないでって忠告したよね。俺のテリトリーに入ってこないで」
「そ……だけど。両親の事がずっと気になってて。父兄参観があった日も両親が来てくれたらどれだけミカちゃんが嬉しかったのかなと思っ……」
「もう帰って」
日向は立ち上がりながら結菜の言葉をかき消すと、横を素通りしてリビングへ向かった。
結菜は冷や汗混じりで背中を追う。
「だめ……、日向が心配で帰れないよ」
「そうやって哀れんで欲しくないから言ってんだよ。帰れ!」
「でも……」
「その余計な心配が迷惑なんだよ」
日向はリビングの床に置いてあった結菜のカバンを突きつけると、力強く腕を掴んでから強引に足を進ませて玄関扉の向こうへ追い出した。
徐々に閉ざされていく扉に、結菜は一歩前へ踏み出す。
「日向っっ!!」
扉が閉まる直前に見えた彼の瞳は、今にも壊れてしまいそうなほど切なかった。
閉ざされた扉に両手を添える私は、いま彼の事で頭がいっぱいになっている。
奇しくも彼の心の闇にたどり着いてしまった。
家族、仕事、学校。
今日まで1人でどんな想いを抱えてきたのだろうか。
それに加えて、これから成長していく幼き妹をどうやってカバーしていくのか。
目の前に立ちはだかってる障害をどう乗り越えていくんだろうと考えてたら、自然と母性本能が芽生えていた。