ーー翌朝、学校の教室に到着したばかりの日向は、先に登校している生徒の机の横をするりと抜けて自分の席へ向かった。
耳にイヤホンを通したまま背負っていたリュックを机に下ろすと、第三者にイヤホンをスポッと引っこ抜かれる。
メガネの奥から不機嫌な横目を向けると、そこには冷血な眼差しを向ける杏の姿があった。
何かと馬が合わない彼女のコンタクトに重苦しいため息をつく。
「なに?」
「あんたに話があるんだけど」
「俺に何の話があるの?」
「ここじゃなんだから……」
杏は合図をするかのように背中を向けて歩き出すと、日向はもう片方のイヤホンを抜いてスラックスのポケットに突っ込みながら気だるそうについて行った。
2分ほど歩いて人影一つない図書室前に到着。
杏は足を止めると眉間にしわを寄せながら振り返った。
「……あんた、男なら早く奪いなさいよ」
「なんの事?」
「結菜に決まってるでしょ。あの子に気があるから私を惨めにさせてるんでしょ?」
「なに怒ってんの? ……で、俺が誰から早川を奪うの?」
杏は感情が一切読み取れない日向に淡々とした口調で言い返されると、思わず歯を食いしばった。
「あんた、もしかして自分の気持ちに気づいてないの? それとも、結菜と二階堂くんが付き合ってる事を知らないの?」
日向は結菜の名前で送られたラブレターの件を知らない。
つまり、その話自体初耳で杏自身も2人が友達以上恋人未満で手を打った事を知らない。
「へぇ〜、それは知らなかった。でも、俺が二階堂から奪う意味がわからない。どうして俺がそこまでしなきゃいけないの?」
「……っ! まぁ、いいわ。あんたと結菜は隠キャ同士でお似合いなのにね。ってか、早く自分の気持ちに気付きなさいよ」
杏は予想外の言葉を受け取った途端引けなくなってしまい、腕を組んでフンっと窓の方を向いた。
すると、日向は突然フッと吹き出す。
「あんたさぁ、人に八つ当たりするほど自分に自信が無いの?」
「はぁ? 隠キャのあんたに言われたくない」
「俺はあんたの何百倍以上も自信があるよ。それに、早川だってもっと余裕がある。あんたの敗因はその差じゃないの?」
「余計なお世話よ! 隠キャのクセにムカつく」
「どうぞムカついて下さいね〜」
日向は感情的に怒鳴り始めた杏に背中を向けたままバイバイと手を振った。
取り残された杏は、煮え切らない気持ちになって拳を握りしめたままワナワナと身を震わせる。
一方の日向は、結菜の口から一度も聞かされてない恋愛事情が胸の奥につっかえていた。