「渡瀬。向こうで早川が呼んでるよ」

「えっ」



日向が結菜の方に指をさして杏を振り向かせた。
すると、ほっとするのも束の間。
結菜は事態が急変すると、再び足がすくんだ。



「へっ?! 私? ……そっ、そんな事言ってな……」
「なに、私になんか用があるの?」



杏は腕を組んだままゆっくりとした足取りで前に進み、不満の眼差しを向けたまま結菜の正面で足を止めた。
すると、結菜の瞳には睨みを効かせている杏が映し出される。

いま私の心の中は暴風雨に襲われている。
ピークが去ったと思いきや、わざわざ向かい風を起こされてしまうなんて想定外だった。
お陰で自分の力じゃどうしようも出来ないほど窮地に追い込まれている。

あいつは私の気持ちなんてまるで無視。
髪を勝手に切った時もそうだった。
私がいまどんな心境でいるか考えちゃくれない。

すると、日向はスラックスのポケットに手を突っ込んだまま杏の隣に立って再び私と目を合わせた。



「言いなよ。渡瀬に言いたい事があるんでしょ。だから呼んだんじゃないの?」



あいつめ……。
自分からふっかけといて、私に気持ちを吐き出させようとするなんて最低。



「あっ、あの……」

「何よ。言いたい事があるなら勿体ぶらないで言えばいいでしょ。教室で友達が待ってるから話があるなら早く言って」



こんな言われ方をされてる時点で惨めだ。
私は自分のペースでやっていきたいのに、あいつのペースに巻き込まれるなんて腑に落ちない。

確かにあいつは一方的に押し付けてくるしやり方が間違ってるけど、長年同じ所で足踏みしている自分も正解じゃない。
いつか挽回させなきゃいけないけど、そのいつかの目処がついてない。
それが心の弱さであって克服しなきゃいけない所。
でも、それが今と知らしめてるかのように、彼は隣で見守り続けている。

だから、勇気を出して言った。