ーー4時間目終了後。
結菜が1人でトイレから出てくると、廊下で待ち伏せしていた杏は早足で近づいて声をかけた。
「あーっ、ちょうど良かった! 今から購買で卵とハムのサンドウィッチとメロンパン買ってきてくれない? 私、友達が待ってるから教室に戻らなきゃいけなくて」
杏は日頃から溜まりにたまった鬱憤を晴らすかのようにそう言うと、ベージュの長財布のファスナーを開けて中の500円玉を受け取れと言わんばかりに差し出した。
だが、結菜は口を結んだまま表情を曇らせる。
「でも……、いまからみちる達とお昼ご飯……」
「早く行かないとメロンパン売り切れちゃう」
「そんな……」
「よろしくね。教室で待ってるから」
杏は無理矢理500円玉を手渡して肩にかかっている長い髪を右手ではらりと払って教室へ向かった。
取り残された結菜は、500円玉を手の皿に乗せたまま杏の背中を見つめる。
杏がどうこうという問題じゃない。
結局、私は日向やみちるが傍にいないと何も出来ない。
人生はすごろくのようで、サイコロが転がる度に前に進んでいた気になっていたけど、無難な道ばかり選択しているから結局同じ道をぐるぐる周ってるだけなのかもしれない。
ところが、杏をフレームアウトするように視線を外すと、右前方の窓際に背中をもたれかかせている日向とバッチリ目が合った。
その瞬間、胸がズキっと痛んだ。
彼との距離は4メートルほど離れているが、弱気な自分が彼の瞳に映ってるように思えて仕方がない。
更にいっときも離さない眼差しが私の心をぷすりと突き刺した。
……もしかして、杏に断れと言ってるの?
ううん、それは出来ない。
中二で再び声をかけてもらえてから主従関係のようになってしまったけど、彼女だって私のせいでいっぱい傷ついてる……。
だが、無言の圧力が結菜の足を地面に根付かせる。
確かに自分でも間違ってると思う。
私は杏の家来じゃないし、言いなりにはなりたくない。
6年前に起きた出来事をこんなに長々と引きずる自体異常だと思ってる。
……でも、言えない。
杏に立ち向かう勇気がないから。
結菜はいくじなしの自分と闘って拳を握りしめて俯いていると、日向は横切ったばかりの杏に向けて言った。