ーー20時12分。
彼はミカちゃんを寝かしつけてリビングへ戻ってきた。
私は食洗機から取り出した食器を拭いて棚に片付けていると、彼はソファにドスンと腰を落としてから私に聞いた。



「ねぇ、今日はどんな1日だった?」

「どうして私にそんな事を聞くの?」


「そりゃ、お前の事が知りたいから」

「えっ……」



真顔でそう聞かれた瞬間、胸がドキッとした。
私の事が知りたい?
それってどーゆー意味かな。
もしかしたら私に興味が……?

結菜は一瞬考え込んだが、日向は心を簡単に見透かす。



「あっ、ちなみに『知りたい』というのは、女として興味があるとか恋心があるとかそーゆー意味じゃないから勘違いしないでね。家政婦としての人間性が知りたいだけだし」

「(ギクッ)……わ、わかってるよ」


「先日は少し悩んでるように思えたけど、人に言えないのは本音だけ?」

「ううん、本音を言えない訳じゃないの。ただ、肝心な時に肝心な言葉が出てこないだけ」


「どうして?」

「……それは言えない」



全てが崩壊してしまったあの日から人の目ばかり気にしてきたから、いつしかコミュニケーションを取る事さえ怖くなっていた。
お陰でひとりごとが多いかもしれない。
でも、胸の内にしまい込むよりマシかな。

すると、彼は俯いて黙り込んでいる私に驚くべき提案をしてきた。



「ならさ、俺が親友になってやるから苦手を克服してかない?」

「えっ! 日向が私の親友に??」


「何でも話していいよ。辛い事があっても1人で抱え込むより話を聞いてもらう相手がいれば楽になるだろうし」

「……でも、日向は男だから女心なんてわからないでしょ」



遠慮以前に、話が二つ先ほど飛んでいるからそれとなく断ったつもりだった。
確かに友達は欲しいけど、数日前に喋ったばかりの人が親友(しかも男)なんてハードルが高過ぎる。
ところが、彼の捉え方は違った。



「それって俺を男と意識してるから? まぁ、俺はSランクの男だから意識しちゃうのは仕方ないけど」



残念ながら、私の言葉はこの人の都合のいいように解釈されるらしい。



「……は?」

「ったく、冗談が通じないなぁ……。1日の出来事からでいいから少しずつ思ってる事や感じた事を伝えていこうよ。嬉しかった事や悲しかった事。一つ一つ共感し合えればもっと気持ちが楽になっていくんじゃないかな」



それを聞いた瞬間、嬉しかった。
心の中の固い結び目を解こうとしてくれる人に出会ったのは初めてだから。

確かに彼の言う通り。
みちるとゲームの話題で盛り上がった時は嬉しかった。
彼女と打ち解けるまでは、楽しい事すら胸の内にしまい込んでいたから。