「うわぁぁぁあん……。お兄ちゃぁぁあん」



現場に戻ろうとしていた事がリセットされてしまうほど心が引き留められると、すかさず駆け寄ってカエルの顔で横から覗き込んだ。



「ねぇ、どうしたの? もしかして迷子になっちゃったの?」

「うっ……んぐっ……、お兄ちゃあぁぁぁあん」


「お兄ちゃんとはぐれちゃったの?」

「ひっくっ……ひっくっ……、違う。ひっく……ひっく……」


「えっ、違うってどういう意味? もしかして、探してるのはお兄ちゃんじゃないのかな……。お父さんやお母さんとはぐれたの?」

「うっうあぁぁぁん……。うあぁぁぁん……」



まるで目覚まし時計のように全身をスピーカーのようにして泣きわめく彼女。
意思疎通が図れなくなっている時点で気持ちが極限状態だと察した。
このままでは(らち)が明かないと思って彼女の左手を握る。



「じゃあ、受付に行ってお兄ちゃんを探してもらおうか」

「……っく、ひっく。……そこに行けばお兄ちゃんに会えるの?」


「うん。受付のお姉さんに館内放送をしてもらってお兄ちゃんを呼び出してもらおうね。そしたら、迎えに来てくれるかも」

「うっっぐっ……。ミカのお兄ちゃんが、お迎えに……?」


「うん、きっと来てくれる。お兄ちゃんも君に会いたいと思ってるよ。カエルさんが一緒についてってあげるから心配しないでね」



小さな頷きを受け取ると、私たちは手を繋いだまま受付へ向かった。
社員から幾度となくお叱りを受けたあの言葉を忘れたまま……。

受付嬢と迷子のバトンタッチをしてから持ち場に戻って「遅くなりました」と社員に斜め45度まで頭を下げるが、呆れ眼の深いため息が届いた。

そして、現在に至る。

本当はクビになるなんて論外だ。
2週間前に父が26年間勤めていた会社を突然辞めてきたせいで、週4日のパート勤務の母と、大学生で飲食店のアルバイトをしている兄と、高校三年生の私の3人で力を合わせて家計を支える事になってしまったのだから。

退職理由は、上司とのかみ合いが悪かったとか。
母は無責任な父親に頭を抱えていた。
家と車のローンに加えて、大学生の兄の学費と高校三年生の私の受験費用。
出費がかさむ中での退職によって家計は一気に火の車に。

父が職探しをしている間、3人の給料だけで生活していけるのかな……。



「あぁああああっ! もう! 私のバカバカバカー! 家計を支えなきゃいけない立場なのに、どうしてクビになってるのよー! 社員からあれだけ注意されてたのに……」



辺り一面が暗闇に包まれてる中。
結菜は駐輪場でスポットライトのような照明を見上げて気持ちを吐き出していた。


しかし、ショッピングセンターで出会った幼き少女が引き金となってしまったこの失業が、まさか人生最大級のブラックボックスをこじ開けるきっかけになってしまうとは、微塵(みじん)たりとも思っていなかった。