「あーあー、そうだよ。俺にはお前の気持ちなんてわかんないね。お前がはっきり言わないからな・お・さ・ら」
「……」
「でもさぁ、自分の気持ちを置き去りにした事によって何かを得たの? どれだけ自分を犠牲にしてきたか気づいてないの? 黙り続けるのが正解なら、毎日そんな暗い顔をしないんじゃない?」
「……」
彼が言ってるのは正論だから、ひとことひとことが胸に刺さってくる。
本当はパシられたくないし、昔のように誰とも隔たりなく接していきたい。
……でも、彼女のあの時の言葉が数年経った今も立ちはだかってるから、それが出来ない。
「お前を見ててイライラする。屋上で気持ちを聞いた日も今この瞬間も。全部後ろ向きで勝手にネガティブになっててさ。お前に変わる気がないなら俺が運命変えてやるよ」
「えっ……」
目をギョッとさせながら振り向こうと思った瞬間、後ろで一本結びにしている髪をギュッと握りしめられてからジョキジョキという音と振動が頭に伝わった。
嫌な予感がした。
その振動とは、半年前に美容院で経験したあの感触に近いものがあったから。
「ねっ……ねぇ。…………私の髪に何してるの?」
「断髪式」
「えっ! ええええっっ!! ちょちょちょ……ちょっと待って!! 髪を切っていいなんてひとことも言ってないっ!」
「ダメだった?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「どうして?」
「どうしてって……。髪は女の命なんだよ? こう見えても大切に伸ばしてきたの。髪が傷まないように週2回トリートメントしたり、夏の日差しが強い日は日傘や帽子でUVカットしたり。どうでもいいと思った日なんてないっ!」
信じられない……。
人の髪を勝手に切るなんて。
しかも、悪びれる様子もなくあっけらかんとした返事。
この人、自分勝手な真似をしてるのがわからないのかな。
ところが、彼は怒り飛ばしている私とは対照的にフッと笑った。
「なぁ〜んだ、ちゃんと言えるじゃん。自分の気持ち」
「えっ?」
「いつも言い返さないからてっきり言えないかと思ってた。でもさ、渡瀬との間に何かしらの事情があるのはわかったけど、自分が一歩でも前進しない限り惨めになってくだけだよ」
「……」
わかってる。
自分でも情けないと思ってる。
私が彼女に望んでる事は、黒板を代わりに消す事じゃなくて、当番の代わりで職員室にノートを持っていく事じゃなくて、一階の自販機にジュースを買いに行く事でもないから。