それから、キッチンやバスルームやトイレ等の日常的に使用する場所の説明をしてもらい、最後は雇い主の部屋の前へ。
彼女の手で唯一開かれなかった部屋の前で説明を受けた。
「ここは、雇い主の高杉悟の部屋になります」
「えっ……! えぇっっ?! たっ……高杉悟って、子役時代から芸能界で長年活躍しているあの高杉悟?!」
動揺するあまり敬語を忘れた。
高杉悟といえば、3歳の時に出演したファミリードラマで大ブレイク。
老若男女問わず可愛がられてきた実力派俳優で、俺様キャラがウケてバラエティには引っ張りだこに。
恋愛ドラマや映画をメインに出演していて、つい最近購入したファッション誌には『彼氏にしたい芸能人ランキング』で1位を獲得していた。
しかも、同学年だったはず。
「そうです。だから、雇い主名を聞いて騒ぎ立てないような地味な方に求人の条件を絞りました」
「(地味な方って……。誰もオブラートに包んでくれないのね)そ……そうなんですね」
「ですので、彼には必要以上に関与しないで下さい。部屋に立ち入る事さえ遠慮して頂きたいのです」
「あ……はい。それは室内の掃除をしなくてもいいっていう意味ですよね?」
「彼が自分でしますので結構です。ミカちゃんの就寝に合わせて帰宅するので、月曜から金曜まで連日少しだけ顔を合わせる事になりますが、特別な感情は抱かないようにお願いします」
「それは堤下さんからも言われました」
「なら話が早いですね。帰宅後に早川さんにやって頂きたい作業は……」
と、林さんが閉ざされた部屋の前から足を一歩踏み出したその時、玄関からガチャっと扉が開く音が聞こえた。
私たちは同時に玄関方面へ目線を向けると、音に反応したミカちゃんは花が開いたような笑顔でソファから起き上がって、私たちの傍をダダダーっと駆け抜けて玄関へ行った。
「ただいま〜」
「お兄ちゃーん。おかえり〜」
「ちゃんと良い子にしてた?」
「うんっ!! ミカおりこうさんにしてたよ」
テレビの前で無表情なまま口を噤んでいた1分前には想像もつかなかったミカちゃんの元気な声。
お兄ちゃんをどれだけ慕ってるかが自然と伝わってくる。
仲が良い声が徐々に近付き、ミカちゃんを両手で抱きかかえた彼はリビングへやって来た。
そこで俳優 高杉悟と初対面に。
うそぉおおお!!!!
ほっ……本物の高杉悟だ!
テレビや雑誌で見ていた通りめちゃくちゃかっこいい……。
身長は173センチ前後で、金髪に黒いキャップをかぶり、グラデーションサングラスをかけて、黄色い柄シャツに黒いワイドパンツを履いている。
ミカちゃんを抱いてる姿すらファッション雑誌の一面を飾れそうなほど私服姿がサマになっている。