本降りの雨が続き、公園の砂利はところどころ池のように水が溜まっているのに、彼の腕に包まれている私には雨音すら聞こえてこない。
走って息を切らした事が原因なのか、それともこれが恋の音なのかわからないほど心臓が激しく跳ね上がっている。



「ごめん……。頼る人が間違ってると思うけど、他に頼れる人がいなくて」

「ううん。連絡してくれてありがとう。嬉しかったよ」


「俺、両親が死んでから1人で妹の世話をしてる事を世間に知られたくなくて。この情報がマスコミに知られたら、俺もミカも今のような生活ができなくなってしまうんだ。マスコミは人の心を無視してある事ない事繰り広げるから」

「日向……」


「だから、両親の落雷事故の時も発表を伏せてもらったんだ。たった1人の妹を守る為に。でも今はそんな事を言ってられないくらいピンチを迎えてるのに、実情に触れて欲しくないから警察に捜索願いを出せなくて……」



彼の身体は震えていて、心は壊れそうなほど衰弱していた。
私は切実な想いが届いた瞬間、彼の腰に手を回した。



「そう思うなら、どうして変装してこなかったの?」

「焦って家を出てきたから忘れてた」


「バカ……。雷が鳴ってるからトラウマで苦しんでたんじゃないの」

「怖がってる余裕なんてなかった。頭ん中がひたすら心配で埋め尽くされていたから。俺にとってはたった1人の大切な家族。ミカに万が一の事があったら、俺はどうしたらいいかわかんない……」


「大丈夫、もう1人じゃないよ。それに、日向には私がいる。必ずミカちゃんを探し出そうね」



私たちはお互いの距離感を忘れて雨に打たれたまま力強く抱き合った。

普段は強気な彼が弱音を吐いたのは今日が初めて。
肌に食い込むほど力強く抱きしめている腕からは、ミカちゃんへの心配が伝わってくる。
こんな時だからこそ、自分は支えになってあげなければならない。

ストーカー罪で訴えられても構わない。
第三者にどんな事を言われても、彼とミカちゃんが大好きなのには変わりないから。


しかし、その傍らで黒いキャップを被った男は、傘もささずに茂みに隠れたまま一眼レフカメラを片手に2人に向けてシャッターをきっていた。
結菜たちはシャッター音が雨音にかき消されいて、撮影されている事に気づかない。


ーーそれから、彼と二つの傘を並べたまま探し回った。
途中、身体が引き裂かれそうなほどの雷音に身を包ませながら。

当然心当たりの場所なんてない。
それでもお互い案を絞り出し合いながら足が痛くなるくらい街を探し回った。



「こんなに長い間探し回っても有力な情報が一つも入ってこないし見つからないなんて……」

「でも、必ず見つけ出さなきゃ。絶対絶対私が見つける。だって、私はミカちゃんの友達だから」


「結菜……」

「ミカちゃんとは追いかけっこしたり、一緒にお絵描きしたり、夜布団の中で将来の夢を語り合った日もあった。最初は私の事なんて全然無視だったし、時には一方通行な語りかけに意味があるのかわからなくなってた。

でもある日、ミカちゃんがヘアゴムを持ってきて髪を結んでってお願いしてきたの。最初は挨拶すら出来なかった子が接触してくれた瞬間すごく嬉しくて。次第に親友のように仲良くなってた。

仕事がクビになってからも1日たりとも忘れられなかった。本当はもっといっぱい会いたいし、もっともっと仲良くしたい。ミカちゃんは私の大好きな人だから。だから、だからっ…………」



彼女との思い出を思い浮かべていたら、自然と涙が溢れてきた。
本当は同じくらい日向が好きだよと言いたくなるくらい頭の片隅ではずる賢い事も考えてた。

でも、それは口が裂けても言えない。
激しい恋の音に包まれてても、それを無視しなければいけない立場なのだから。