「お、愛花。今日はいつもより遅いのな。あの堅苦しい愛花が珍しい」


慈恩は私をからかうような口調で言った。

というか、口元がにやにやを隠しきれていない。


「もうそんな私は卒業したの。これからは、もっと自由に生きるわ」


私の言葉を聞いた慈恩は、目をすっと細めて、「自由ねえ……」と意味深に呟いた。


「それが叶う世界なら、俺たちは今幸せなはずだろ」


正論をかまされ、ぐうの音も出ない。


「じじいとの約束だって、果たせたかもしれないのに」


何かに取り憑かれたみたいに、慈恩は呟く。


……約束、ね。

そんなの、昔の話過ぎて今まで忘れていた。


──『お前たちは絶対に幸せになれ。いつかこの闇社会に日の目を見ることを願って、お前たちはこれから血肉も骨も食い尽くされるほど努力せにゃならん日々を過ごすことになるだろう。だがな、これだけは覚えておけ。……決して、人の心を忘れるでないぞ』


確かおじい様は、生前そんなことをおっしゃっておられた。


当時の私たちはまだ5歳と幼く、その話を十分に理解することはできなかったけれど。