最後のセリフ、絶対彼の本心だなとわたしも確信した。初めて披露したスーツ姿を褒められて気をよくしたわたしは、それもいいかもしれないなぁと思った。ポリシーなんて関係なく、大好きな彼のために、彼の願望を叶えてあげるのもいいのかな、と。

「……前向きに検討します」

 こう言った時、その意味は二つに分かれる。「本当に前向きに考える」という意味と、「本当はイヤだけど、まぁ一応選択肢には入れておく」というおざなりな意味。この時のわたしの場合は前者の意味だった。

「ありがとうございます」

 それを汲み取ってか、彼は嬉しそうにペコリと頭を下げ、クルマを発進させた。

「――ところで絢乃さん、お誕生日に何かほしいものはありますか?」

 彼は唐突に口調を変え、わたしにプレゼントのリクエストをしてきた。「会長」ではなく「絢乃さん」と名前で呼ぶ時、それは貢が〝彼氏モード〟に入った時だ。

「ほしいもの、かぁ。わたし、昔からあんまり物欲ないんだよね……。小さい頃から色んなものに囲まれて生きてきたからかも」

 そう答えながらも、頭をフル回転させた。「ほしいもの」はなかなか思い浮かばなかったけれど、「これは別にほしくないな」と思うものは浮かんでいたので、それをとりあえず言葉にして言ってみた。彼のことを名前で呼びながら。

「あーでも、ブランド品は別にほしくないかな。っていうか、貢にそんな大金使わせたくないし。お財布事情も知ってるからね」

「コスメはどうですか? クリスマスプレゼントに、里歩さんから頂いてましたよね」

「……貴方、女子ばっかりのコスメ売り場に男ひとりで乗り込む勇気ある?」

「…………いえ、あまり。学生時代にそれで失敗したイヤな思い出があるもので」

 ジト目で訊ねたわたしに、彼は肩をすくめながらそんな暴露をした。初めて聞く彼の過去話の続きが気になって、わたしは目だけで続きを促した。
 何でも大学時代に交際していた彼女から誕生日プレゼントに『口紅がほしい』と言われたらしく、彼が真っ赤な口紅を贈ったらドン引きされてしまったそうだ。『こんなどキツい色を選ぶなんてどんなセンスしてるんだ』と。
 そのオチを聞いた途端、わたしは思わず吹き出した。何でもそつなくこなしていそうな彼の失敗談は、ものすごく親近感があった。

「……うん、なるほどね。やっぱりコスメはやめた方がいいと思う。多分、里歩がまたプレゼントしてくれると思うし、自分でも買えるし」

「…………そうですね。じゃあ、何か別のもので考えます」

 彼は神妙に頷き、この話題は打ち切りとなった。