――そうして、年度末も押し迫った三月二十七日にはすべての証言が揃い、わたしは本部の監査室へ連絡を入れた。

「――監査部長の寺本(てらもと)さんですか? わたし、会長の篠沢ですが。篠沢商事について、大至急監査に入って頂きたい案件があるんです。――ええ、よろしくお願いします」

 受話器を置いたわたしのデスクに、会議用の資料を作成していた貢がやってきた。

「会長、島谷課長の処遇を決定する会議は、監査が終わってからということになるんでしょうか?」

「うん、そうなるね。……あのね、桐島さん。島谷さんの処分についてなんだけど、わたしにちょっと考えがあって。聞いてくれる?」

「はぁ、いいですけど……」

 そこで彼に話した考えというのは、島谷さんを解雇にするのではなく依願退職扱いにすることだった。彼にも守るべきご家族がいるだろうし、生活を破綻させるわけにはいかない。誰にでもやり直す権利はあるのだから、再就職するにもそちらの方がいいだろうと。

 それに、篠沢グループの規定では、解雇されると退職金が半額しか支払われないことになっているけれど、依願退職なら満額が支払われる。そうすれば、彼に再就職先が見つかるまで島谷家の生活も補償できると思ったのだ。わたしから経理部に出向いて、掛け合おうと思っていた。

「確かに、島谷さん自身は会社にも社員のみなさんにも迷惑をかけた。でもご家族には何の罪もないよね。この処分は、世間の容赦ない誹謗中傷から彼のご家族を守るための措置(そち)でもあるの。……分かってもらえるかなぁ」

「それは理解出来ますが……、それをどうして僕にお訊ねになるんですか? 秘書だから、という理由だけではないですよね?」

 彼はわたしの考えをすべて理解しようとしているんだと、わたしは嬉しくなった。

「それは、貴方がもっとも身近にいる、この問題の当事者だから。世間的に、こういう時の処分は解雇が正しいんだろうけど、貴方がもし島谷さんのしたことを(ゆる)せるなら、わたしは退職扱いでも問題ないと思ってるの。どちらの処分にするかは桐島さん、貴方にかかってるってこと」

「…………会長は、解雇にだけはしたくないとお考えなんですよね?」

「うん」

「でしたら、僕も島谷課長は依願退職扱いでいいと思います」

 彼は悩むことなく即答した。ということは、もう元上司にされた仕打ちを恨んではいないということだとわたしにも分かった。

「もしお父さまが……、源一会長がご存命なら、絢乃会長と同じく解雇にはなさらなかっただろうな、と思って。お父さまを尊敬されているあなたも当然そうお思いのはずだと考えたんですが……」

「……ありがと、桐島さん。そこまで気づいてたなんて、さすがはパパが見込んだ人だけのことはあるね。――じゃあ、そういうことで、島谷さんの処分については話を進めていくから」

「はい」


 ――というわけで、本部の監査や重役会議などを経て、島谷さんには退職願を提出してもらい、月末の記者会見を迎えることとなった。