「もちろんです。ただ、絢乃さんがおっしゃるには、社内では恋愛関係にあることを秘密にしておいた方がいいのではないか……と」

「…………あら、そうなの? まぁいいんじゃない? 絢乃がそうしたいって言うんなら。親としても、子供の恋愛に干渉する権利なんてないし」

 母はクールにそう言って、グラスに入った白ワインを(あお)った。でも、母らしいなとわたしは思ったものだ。決して過干渉ではなく、それでいて放任主義というわけでもなく、ほどほどの距離間でわたしの考えは尊重してくれる。それがわたしの母・篠沢加奈子という人なのだ。


 里歩にはその夜、メッセージアプリで報告したけれど、『おめでとう』の後に『初恋の人が初めての彼氏なんて、何て羨ましい!!』と返信が来た。じゃあ里歩の彼氏は初恋の相手じゃないのかと訊きたかったけれど、彼女のプライバシーに関わることだと思ったのでやめておいた。いくら親友同士といっても、踏み込んでいい問題とそうじゃない問題の線引きは大事だから。


 貢は貢で、お兄さまに報告したらしい。自分から伝えたのか、お兄さまにせっつかれて暴露したのか、それはわたしにも教えてくれなかったけれど。とにかく、翌日悠さんに『弟さんとお付き合いすることになりました』と送信したところ、『アイツに直接聞いたから知ってるよ。おめでとう』と返事が来たのだ。


「――そういえば、そろそろ年度末ですよね。山崎専務にお願いしていた件、どうなっているんでしょう?」

 わたしにコーヒーを出しながら、彼が心配そうに首を傾げて言った。総務課でのハラスメントについて調べておいてほしい、とお願いしていた件のことだ。

「そうだね……。山崎さんは仕事熱心な人だから、ちゃんと調査はしてくれてると思うけど。そろそろ報告が来てもおかしくない頃だよね」

 コーヒーをすすりながら、わたしはデスクの上に置かれた固定電話を気にした。連絡が来るとしたら内線電話か、もしくはわたしのスマホに直接かかってくるのか……。

 と思っていたら、わたしのデスクではなく秘書席の電話が鳴った。着信音のパターンからして内線だと分かり、貢が受話器を取り上げた。

「はい、会長秘書の桐島です。――ああ、山崎専務。――はい、お待ち下さい」

 通話を一旦保留にした彼は、「会長、専務から内線が入ってます」とわたしに告げた。

「やっぱりね。分かった。繋いで」

 わたしは自分のデスクで、彼に繋いでもらった内線に出た。ちょうどウワサをしていた時にかかってくるなんて、ナイスタイミングだ。

「はい、お電話代わりました。篠沢です」

 いくつかのやり取りの後に受話器を置くと、わたしは貢にこう告げた。

「――桐島さん。これから山崎さんがここにいらっしゃるから、お茶の用意をお願い」

「かしこまりました」

 彼は頷いて、給湯室へと消えていった。