『今は……市谷(いちがや)ですかね。今日は朝から都内のカフェ巡りをしていたんです。ちなみに、僕が会社でお出ししているコーヒーの豆も、実家近くのコーヒー専門店から仕入れてるんですよ。……っと、長々と失礼しました』

 自分の好きなことについて生き生きと語る彼は、すごく微笑ましかった。

『それはともかく、絢乃さんは今どちらに?』

「わたしは今、新宿にいるの。里歩と一緒にランチして、ボウリングして、別れた後貴方のお兄さまに声かけられてね。ついさっきまで一緒だったの」

『えっ、兄にですか!? それってナンパじゃ……』

「ナンパじゃないよ。お仕事の帰りに偶然わたしを見かけて声をかけただけだって。……確かに、外見がちょっとチャラチャラしてるから誤解されそうではあるけど」

 お兄さまが想像していたとおりの反応に、わたしは電話口で苦笑いした。
 悠さんは、外見的には久保さんにちょっと似ているかもしれない。彼の四~五年後、という感じだろうか。

「そんなことより、わたしが今日電話したのはね、貴方と話がしたくて。電話じゃなくて、直接会って話したいの。あと、昨日の既読スルーについても弁解させてほしい。だから……、今から会えないかな? 新宿まで来られる?」

『そこは〝謝りたい〟じゃなくて〝弁解させてほしい〟なんですね』

 彼は愉快そうに笑った後、「分かりました」と言った。

『ここからそちらまで近いので、あと十分くらいで着けると思います。では今からクルマで向かいますね』

「うん、待ってるね」

 ――電話を終えた後、わたしは彼がすぐに見つけられるようその場を動かずにいた。

「昨日のこと謝るだけじゃダメだよね。ちゃんと彼に告白しよう。……でも、何て言ったらいいんだろう……?」

 生まれて初めての愛の告白に、どんな言葉を選べばいいのかを一生懸命考えながら、わたしは彼が来るのを待っていた。


「――絢乃さん、お待たせしてすみません」

 それから十分もしないうちに貢の愛車が目の前に停まり、運転席の窓から彼が顔を出した。

「ううん、待ってないよ。っていうか謝らないで。呼びつけたのはわたしの方なんだから」

 彼に会いたい、と言ったのはわたしのワガママだったのに、どうして彼が謝るの? 謝らなきゃいけないのはむしろわたしの方だったのに。

「あ……、ですよね。絢乃さん、あまり長くクルマを停めておけないので、とりあえず乗って下さい。どこかへ移動しましょう」

 路上駐車は迷惑になるし、こんな公衆の面前で告白するのも(はばか)られる。そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、彼はクルマを一旦降りて助手席のドアを開けてくれた。