「……って言っても、言葉だけじゃ信じてもらえねぇだろうから」

 彼はそう言って身分証明書をわたしに見せてくれた。

「これで納得?」

「はい、大丈夫です。――ところで悠さん、よくわたしだってお分かりになりましたね」

 悠さんも多分、わたしの姿はTVやネットでご覧になっていたと思う。でもそれは全部制服姿で映っていたはずだ。ちなみにこの日のわたしは、ピンク色のアーガイル柄が入ったベージュのハイネックニットに茶色いコーデュロイのロングスカート、焦げ茶のロングブーツにライトブラウンのダッフルコートという私服姿だった。

「そりゃまぁ、私服来てても(かも)し出すオーラっつうか、気品みたいなのは変わんねぇもん。――今日はひとり?」

「いえ、さっきまで親友と一緒でした。ふたりでボウリングに行ってて。……悠さん、は? 飲食系って、土日は書き入れ時なんじゃ?」

 土曜日の夕方四時ごろは、飲食店ならディナータイムの仕込みやら何やらで忙しい時間帯だ。ウチのグループの傘下(さんか)にも飲食チェーンがあるので、わたしも一応そのあたりの事情には詳しいわけである。

「うん。でもオレ店長やってて、今日は早番だったから今が帰りなんだ。副店長がいりゃ店は回るし。んで、絢乃ちゃんにここで会ったのはマジで()()だから」

「はぁ、なるほど」

 悠さんはご自身の事情を簡潔に話してくれたけれど、最後に偶然を強調したのはどうしてなんだろう? というか誰に対しての弁解?

「――あ、そうだ。絢乃ちゃん、これからちょっと時間もらえるかな? アイツのことで、君に話があんのよ」

「ええ、大丈夫ですけど。『アイツ』って弟さん……貢さんのことですか?」

「うん。じゃあ、ちょっと付き合ってもらおうかな」

 貢のことで、と言われるとわたしも断れなかった。やっぱり、彼の考えていることが気になって仕方がなかったから。……でも、この時の光景って傍から見たらナンパの現場と捉えられても不思議じゃなかったと思う。


 ――悠さんに連れられて入ったのは、駅ビル近くにある分煙式のセルフカフェだった。

「絢乃ちゃん、喫煙席でも平気?」

「はい、大丈夫です」

 店員さんに「喫煙席に、二人」と告げた悠さん。どうやら喫煙者、それもかなりの愛煙家らしいと分かったけれど、わたしは特別不快にも感じなかった。同じ兄弟でも、貢はまったくタバコを吸わない人なのだけれど。