里歩の言葉にゲンナリしたわたしだったけれど、同時にあの時お断りしたのは間違いじゃなかったなぁとも思えた。
 だって、貢はまかり間違ってもこんなことをするような人じゃないもの。

「あーあ、ショックだなぁ。あたし小坂リョウジのファンだったのに。幻滅……」

 里歩がボヤき始めたのを、本人には申し訳ないけれどわたしは笑いながら見ていた。

「――でも、今日は誘ってくれた里歩に感謝しなきゃ。ひとりで家にいて悶々としてたって(らち)あかなかったから」

「だしょ? こういう時は、恋愛上級者(エキスパート)の里歩サマを頼ればいいんだって」

 わたしは本当に幸せものだ。だって、こんなに頼もしい親友に恵まれたんだから。


   * * * *


 ――お店を出たところで、里歩が立ち止まって「あ、ライン来てる」とスマホを見た。

「ライン? 彼氏さんから?」

「ううん、お父さんからだ。これからお母さんと三人で買い物に行かないか、って。あたし、そろそろスマホの機種変したいと思ってたから、お父さんにお願いしてみようかな」

 ……お父さんと三人でお出かけなんて羨ましい。わたしにはもう、二度とできないことだったから。

「里歩、行ってきなよ。お父さんには甘えられる時に甘えさせてもらわなきゃ、いなくなってから後悔するよ」

「絢乃……。ありがと、じゃあ今日はここでバイバイだね。また連絡するから」

「うん。今日は付き合ってくれてありがと」

 里歩と別れた後、ひとりで駅ビルの中をブラブラ歩いていると――。

「あのさ、間違ってたらゴメン。――篠沢、絢乃ちゃん?」

「……はい? そう……ですけど」

 後ろから唐突に男性に声をかけられ、わたしは戸惑いながら振り返り、その男性の顔をまじまじと見つめた。この人、誰かに似ているような……。

「あ、ゴメン! オレは決して怪しいモンしゃないから。……っていうか、オレの顔に何かついてる?」

「あー……、いえ。ちょっと知り合いに似てるなぁと思って。でも誰だったか思い出せなくて」

「ああ、そういうことか。――オレの名前は、桐島(ひさし)。弟がいつもお世話になってます、絢乃ちゃん」

「桐島? ……って、ああ! もしかして、桐島さんのお兄さまですか? 調理のお仕事をなさってるっていう」

 そうか、貢に似ているんだ。ちょっと猫っ毛な髪質や、優しそうな目もとや、シャープな(あご)のラインが。
 貢には四歳上のお兄さまがいると、わたしもその四ヶ月前に聞いていた。この男性はちょうど三十歳前後、年齢的にも彼の四歳くらい上に見えた。

「大正解♪」

 貢のお兄さま――悠さんは、嬉しそうにニンマリ笑った。