「あと、これは桐島さん、貴方に」

 わたしはスクールバッグに忍ばせていた、ポップなデザインの小さなギフトボックスを彼に差し出した。

「約束どおり、頑張って作ってみたの。口に合うかどうか分かんないけど」

「……えっ? ありがとうございます。お忙しいのにわざわざ本当に手作りして下さったんですか?」

「うん、里歩とかママにも手伝ってもらったけどね。食べたら感想聞かせて?」

「はい!」

 彼は天にも昇るような様子で(他にどう表現していいか分からないけど、多分あっていると思う)、包みを自分のビジネスバッグにしまっていた。
 彼の他に手作りチョコが当たったのは里歩と寺田さんだけ(彼には数個試食してもらっただけだ)なので、実はかなりレアなのだ。貢は気づいていなかっただろうけれど……。

「では、僕はちょっと給湯室へ行って参ります」

「あ、じゃあわたしもちょっと出てくる。村上さんたちにチョコ渡してくるから」

 彼はわたしがスクールバッグから取り出した数袋のギフトパックに「あれ?」という顔をした。

「他の人の分は手作りじゃなかったんですね。会長はそういうところ、こだわられる人だと思ったんですが」

「まぁね。細かいことはいちいち気にしないの。じゃ、行ってきま~す♪」

 わたしはとっさに笑ってごまかしたけれど、それには特別な理由があるんだと果たして彼が気づいていたかどうか――。


 その後わたしは社長室、秘書室、人事部を回って日ごろお世話になっている四人にチョコを渡していった。
 広田常務と小川さんは「私たち女性なのに、よろしいんですか?」と遠慮がちだったけれど、「糖分の補給はお仕事の効率アップのためにもいいから」と言って受け取ってもらった。わたしからの差し入れだと思ってくれたらそれでいい。


「ただいま。――わっ、桐島さん! それどうしたの!?」

 チョコを配り終えて会長室へ戻ると、デスクの上にこんもりと積まれたチョコレートの包みを前にして彼が困惑顔をしていた。

「ああ、おかえりなさい。どうしたもこうしたも、これ全部僕が女性社員たちから頂いたチョコです。多分、義理ばかりだと思うんですが」

「へー……。桐島さん、人気あるんだね」

 義理ばかり、と聞いてもわたしは正直ショックを隠せなかった。もしこの日、真っ先にチョコを渡していなかったら、彼にチョコをあげる勇気がしおれてしまっていたかもしれない。

「それだけもらえるなら、わたしからのチョコはいらなかったかもなぁ。……ごめん、何でもない」

 すねたようにこぼした言葉に、彼は素早く反応した。

「……会長? 会長が下さったチョコって、もしかして……」

「貴方は、どっちだと思う?」

 彼は気づいたかもしれない。わたしからのチョコが本命だということに。わたしの、自分に対しての気持ちに。
 そして彼の気持ちにわたしもまだ気づいてはいなかった――。