「ああ、『もうすぐバレンタインデーだね』って話してたんです。ね、絢乃?」

「うん。……桐島さん、あの……。あ、そろそろ行かないとね。寒いし、ママが待ってるし」

「そうですね。では里歩さん、我々はこれで」

「はーい☆ 絢乃、また明日ねー♪ 仕事頑張って!」

「うん、また明日」

 里歩に手を振ると、彼女が「絢乃、ファイト!」と言っているのが口の動きだけで分かった。――「ファイト!」って何を? 彼とのこと?


「――そういえば先ほど、里歩さんとバレンタインデーのことで話されていたんですよね」

 オフィスへ向かうクルマの中で、貢が改めてわたしに訊ねてきた。

「あー、うん。まぁ、そんなところかな」

 厳密にいえばちょっと違ったのだけれど、正確に伝える勇気がわたしにはなかった。

「で? それがどうかしたの?」

「えーと……、絢乃さんは、チョコレートを差し上げる相手っていらっしゃるんですか? その……義理も含めて。確か小学校から女子校ですよね?」

「ああ、そういうことね。去年まではパパにもあげてたかな。学校では里歩に友チョコでしょ。今年はあと寺田さんと、村上さんと山崎さんと広田さん、あと小川さんにも。桐島さんがお世話になってるからね」

 名前を挙げたほとんどが、会社でお世話になっている人ばかりだ。当然そこには同じ女性である広田常務と小川さんも含まれていた。

「はぁ、そんなに……」

 彼はそこに自分の名前が入っていなかったので、「僕はもらえないのか」と落胆しているようだったけれど、それは彼の(はや)合点(がてん)だった。

「あと……ね、貴方にも。一応手作り……の予定」

「……えっ? 本当ですか!?」

 ガッカリしていた彼の表情が、その一言でパッと明るくなった。彼もわたしからのチョコを期待していたということは、やっぱり……。里歩の言っていたことは間違っていなかったのだろうか?

「――あ、来週は学年末テストの期間で学校が早く終わるの。だから十一時半ごろに迎えに来てもらっていい? ランチは社員食堂で一緒に食べようよ」

「はい、かしこまりました」

 そう答えた彼の声も、心なしか弾んでいた。