スピーチの内容は大丈夫そうだったけれど、大丈夫ではないことが別にあった。
 ステージ横のカーテン越しにホール内を覗いてみると、新聞社や雑誌社、TV局やニュースサイトの記者と思しきマスコミ関係者が大勢詰めかけ、会見が始まるのを今か今かと待ち構えていた。
 わたしはそれを見た途端に極度の緊張状態に襲われ、制服のスカートの裾をギュッと握りしめることでどうにか落ち着きを取り戻そうとした。

「――絢乃さん? もしかして緊張されてます?」

 わたしの異変に目ざとく気づいた貢が、優しく声をかけてくれた。ここで名前呼びだったのは、彼なりの気遣いだったんだと思う。

「うん……。だって、あのカメラ一台一台の向こう側に何万人、何十万人もの人がいるんだって思ったら……」

 父が倒れたパーティーの夜、大勢の人の前に出る恐怖はある程度克服(こくふく)できたと思っていたけれど。あの時とはそれこそケタ違いの人数で、緊張感だってあの時の比ではなかった。

「う~ん、なるほど……。僕、こういう時によく効くおまじないを知ってますよ。よろしければお教えしましょうか?」

「……おまじない?」

「はい」と彼は何だか得意げだった。もしかしたら、彼もわたしと同じくあがり症だったのかもしれない。

「子供の頃に、母から教わったベタなおまじないなんですけど。『目の前にいるのは人間じゃなく、カボチャだと思え』だそうです」

「カボチャ……。確かにベタだね」

 わたしは思わず笑ってしまった。昭和の昔からよく知られているベタベタなおまじないを、ボスであるわたしに得意げにレクチャーしてくれるなんて。彼は何ていうか、本当に純粋な人だ。

「ありがと、桐島さん。もう大丈夫! 貴方のおかげで、おまじないなしでもやれそうな気がしてきた」

 彼のおかげで思わぬ形で緊張が解け、勇気が出てきた。これならスピーチだけじゃなく、質疑応答でどんなことを訊かれても胸を張って答えられそうだと思えた。

「そうですか。僕は何も特別なことはしてませんが、お役に立てたようで何よりです」

 あくまで謙虚な彼。でも、わたしは彼のそういうところが好きだ。

『――お集りのメディア関係者のみなさま、お待たせ致しました。ただいまより、篠沢絢乃新会長の就任会見を始めたいと思います』

 演台のマイク越しに、久保さんのよく通る第一声が響いた。――いよいよだ!