彼のハラスメント被害を知らなかった母が、首を傾げた。そんな母に、わたしが知っている限りのことを話して聞かせると、母は「う~ん」と(うな)った。

「あら……、あなた苦労してたのねぇ。多分、あの人も知らなかったんじゃないかしら。知っていたらもっと早く助けてあげられたのに」

 母も言ったとおり、父はハラスメントのことを把握(はあく)していなかったとわたしも思う。でなければ、あの社員思いだった父が何もしなかったわけがない。

「いえいえ、お気になさらず。もう終わったことですから」

 彼は部署を異動したことで解放されたんだから、もう大丈夫だろうと思った。

「――そういえば、今日の会見はTV中継されるだけでなくネットでも同時配信されるそうですよ。そしたら絢乃会長は一躍(いちやく)有名人になりますね」

「あら! そしたら毎日メディアから取材の依頼が殺到して忙しくなるわね! 母親の私も鼻が高いわ」

「え…………。それでグループの評判が上がるのはいいけど、わたし個人まで有名になっちゃうのはちょっと……」

 貢の言葉で一緒になって盛り上がっている母をよそに、わたしは困惑していた。
 企業のトップとして世間の表舞台に立つのと、悪目立ちするのとはわけが違う。ただでさえわたしは人前に立つことが苦手なのに、有名人として祭り上げられてしまったら最後、プライバシーも()()()()()もなくなってしまう。あくまで仕事と私生活は別、プライベートではひとりの普通の女の子でいたかった。

「ねえ、桐島さん。盛り上がってるところ悪いけど、お願いだから、受ける取材は最低限の数に絞ってね。でないとわたし、絶対にキャパオーバーになっちゃうから」

 わたしは運転席のヘッドレストを掴み、彼に切実に訴えた。

「分かってますよ。あなたが忙しくなりすぎたら、秘書である僕自身の首も絞めることになってしまいますからね。そこはこちらでどうにか調整します」

「よかった! ありがとう!」

 わたしは別に、「取材は一切受けません」と言うつもりなんてなかった。経営者となった以上は、少しくらい顔を売ることも必要なのだと父から学んでいたし、それが元で、新しい業種や業界との繋がり(コネクション)ができることもあるからだ。でも、必要以上の取材を受けてしまうとわたしもキャパオーバーになってしまうし、何より本業である仕事と学業にも支障をきたす恐れもあった。
 貢は秘書として、ボスであるわたしのスケジュールを管理する立場にあるので、メディアへの露出をどの程度に抑えるのかも彼の仕事となった。真面目だけれど優しい彼に一任しておけば安心だとわたしも思った。