父が倒れたのは、それからすぐ後のことだった。突然ひどい目眩(めまい)に襲われ、立ち上がれなくなってしまったのだ。
 わたしと母が驚いて呼びかけると、父はどう聞いても大丈夫じゃないでしょうと言いたくなるような声で「大丈夫だ」と言った。

「〝大丈夫〟なわけないでしょ⁉ 顔色だって悪いのに」

 わたしはそんな父を𠮟りつけた。父の体調がすぐれないのは誰が見ても明らかで、もうパーティーどころではないだろうとわたしも思った。というか、最初から無理をして出るべきではなかったのだ。

「パパ……、今日はもう帰って休んだら? そんな状態じゃ、もうパーティーどころじゃないでしょ?」

「そうね、私も絢乃の意見に賛成。あなた、帰りましょう? すぐに迎えを呼ぶわ」

「……ああ、そうだな。申し訳ないが、そうさせてもらうことにするよ」

 母は家で待機していたわが家の専属運転手に電話をかけて迎えを頼むと、わたしにも頼みごとをした。父が途中でいなくなると、会場にいる人たちが混乱すると思う。だから父の代理として会場に残り、頃合いを見て閉会の挨拶をしてほしい、と。

「うん、分かった。任せて。ママ、パパのことよろしくね」

 わたしは母の頼みごとを二つ返事で快諾(かいだく)した。責任重大だったけれど、こうなったらもうやるしかない、と腹を(くく)った。

 ――それから十数分後に運転手の(てら)()さんが到着し、母とともに父の体を支えて会場を後にした。多分、彼が運転してきた黒塗りの高級セダンはビルの地下駐車場に止めてあったのだろう。
「お嬢さまは一緒に帰らないのか」と彼が不思議そうに訊ねたので、母から頼まれたことを話すと納得してくれた。
 その五分後に黒塗り車が夜の丸ノ内(まるのうち)の街に紛れていくのを、わたしはホールのガラス窓越しに眺めていた。

 その後はやっぱり、父の具合を心配する人たちが押しかけてきて、わたしはその対応に追われた。それも落ち着いた頃、わたしはようやく自分がいたテーブルに戻ろうとしたのだけれど……。父が倒れたショックからか、対応疲れからか軽い目眩を起こしてしまった。

「――絢乃さん、大丈夫ですか⁉」

 倒れそうになったわたしを支えてくれたのは、慌てて飛んできた貢だった。――あ、この人はさっきの……。わたしの名前を知っていたことは不思議だったけれど、彼が助けてくれたのが偶然だとは思えなかった。