「ごめんね、桐島さん。貴方には苦労かけちゃうと思うけど、よろしくお願いします」

「ごめんついでに、私からもひとつお願いがあるのよ。絢乃は八王子の学校から、丸ノ内のオフィスまで通うことになって大変だと思うの。だから、秘書の業務としてこの子の送迎もお願いできないかしら?」

「かしこまりました。お引き受けしましょう」

「ありがとう、桐島くん。無理を言っちゃってごめんなさいね」

「えっ、いいの? ありがたいけど……なんか申し訳ないな」

「いえいえ、絢乃さん。ボスに気持ちよく出社して頂き、快適にお仕事に励んで頂くのが秘書の務めですから。……というのは小川先輩の請け売りですが」

 彼がボソッと最後に付け足した一言で、わたしは吹き出してしまった。

「なぁんだ、そうなの? 小川さん、そんなこと言ってたんだ」

「……今日、やっとあなたの笑顔が見られましたね、絢乃さん」

「…………え?」

 ポカンとしてルームミラーを見上げると、そこには穏やかな笑顔の貢が映っていた。

「やっぱりあなたは、笑っている方が魅力的です。僕も、絢乃さんがいつも笑顔でいられるように秘書として頑張りますね」

「あ…………、うん。ありがと。よろしく」

 彼の言葉で頬を真っ赤に染めるわたしを、母は隣でニコニコ笑いながら眺めていた。


 ――貢はわたしたち親子を、きちんと自由が丘の篠沢邸の前まで送り届けてくれた。

「桐島くん、今日はお疲れさま。明日も出勤でしょう? 家に帰ったらゆっくり休むのよ。お清めの塩も忘れないようにね」

「はい。加奈子さん、絢乃さん。これから何かと忙しくなりますが、三人で頑張っていきましょう」

「うん。今日はホントにありがと」

 二日後の株主総会は、土曜日だし寺田さんが送り迎えしてくれるので彼の送迎は不要だと伝えた。

「――桐島さん。今日から貴方を正式に、会長秘書に任命します。正式な辞令ではないけど、心して受けるように」

「はい。謹んで拝命致します」

 早くもわたしと彼との間に主従関係が生まれ、こうしてわたし・篠沢絢乃の二刀流生活が始まろうとしていたのだった。