「ところでママ、話し合いはどうなったの?」

 やっと泣き止んだところで、わたしはもっとも気になることを母に訊ねた。母ひとりがロビーに出てきたということからして、円満に終ったとはどうしても思えなかった。

「結局、あれからこじれにこじれてねぇ……。あなたの会長就任は、明後日に開かれる臨時株主総会まで持ち越しになったわ」

「そっか……。でも、株主さんたちで賛成の人が多かったらあの人たちも文句は言えないってことだよね」

 株主総会での決議は多数決で行われるらしい。ということは、わたしが新会長に就任することを過半数の人が賛成してくれれば、わたしは正式に父の後継者として認められるということなのだ。

「そうね。でもあの人たち、特に宏司(ひろし)さんがね、兼孝(かねたか)叔父(おじ)さまを対立候補に立てるって言いだしたのよ。『あんな小娘にグループを任せるくらいなら、親父が会長になった方がよっぽどいい』って」

「……ふーん? 何考えてるんだろ、あの人」

 ここで名前が挙がった「宏司さん」というのは亡き祖父の(おい)、大叔父の兼孝は祖父のすぐ下の弟にあたる人で、父が会長になることに反対していたのも主にこの宏司さんだった。
 大叔父は当時の年齢で六十代後半だったけれど、それまで経営に直接関わったことのない素人、という意味ではわたしと立場が変わらなかった。それなのに会長候補に擁立されたのは、宏司さんが年功序列・男尊女卑という古臭い考えに固執しているからに他ならなかった。

「今の時代、そんな考え方ナンセンスよね。というわけで、今日の話し合いは見事に決裂。あの人たちはみんな先に帰っちゃいました」

「…………なるほど」

 どうせお骨上げの時、あの人たちに用はないのだ。それならさっさとお帰り頂いた方がわたしと母、そして貢の精神安定のためにもいい。

「桐島くん、ありがとね。あなたの機転のおかげで、絢乃があれ以上傷付かずに済んだわ」

「いえいえ。秘書として、あの状況ではああするのが最善だと思いましたので」

「うん、ホントにありがと。わたし自身、あれ以上あそこにいたら自分がどうなっちゃうか分かんなくて怖かったもん。連れ出してもらえてよかった」

 泣くだけならまだいいけれど、もし怒りが爆発してしまったら人として言ってはいけないことまで口走ってしまう恐れもあったのだ。最悪の事態を未然に防いでくれた貢には、本当に感謝している。