「わたしだって、パパが死んじゃって悲しいよ……。でも……っ、ママが先に泣いちゃうからわたしが泣くわけにいかないじゃない……。ママはずるいよ。悲しいのはわたしだっておんなじなのに……っ」

 彼はその間ずっと、優しく背中をさすり続けてくれていた。わたしには兄弟がいないから、兄がいたらちょうどこんな感じなのかなとも思い、ホッと心が安らいでいった。
 でも、彼はわたしにとって兄のような人ではなく、好きな人。初めて好きになった人。だから、この安らぎはきっと兄弟によってもたらされるものではなく、もっと別の……。

「――絢乃さん、少し落ち着かれました? そろそろ顔を上げませんか?」

「…………やだ。だってわたしの今の顔、多分すごくブスだから」

 お葬式の日だからもちろんノーメイクだったけれど、思いっきり泣いた後だからきっと顔がグチャグチャで、そんなブス顔を彼に見られるくらいなら死んだ方がマシだと思った。

「そんなことないですよ。大切な人を思って流された涙はキレイだと僕は思います」

「え……?」

「ほら、全然ブスなんかじゃないです。泣いた後の絢乃さんも十分キレイですよ。だって僕、あなたの泣き顔は前にも見ていますから」

「ああ……、そういえばそうだった」

 父の余命宣告を受けた日にも、わたしは彼のクルマの助手席で泣いていたのだ。


「――さて、心がスッキリしたら喉渇いたんじゃないですか? 何か飲まれます?」

「あー、うん。じゃあカフェオレ。あったかい方がいいな」

「分かりました」

 彼はホットのカフェオレ缶と、彼自身が飲むと思われる微糖の缶コーヒーを買ってすぐに戻ってきた。

「――絢乃、もう落ち着いた?」

 二人で缶コーヒーをすすっていると、母もロビーにやってきた。

「うん、もう大丈夫……と言いたいところだけど、わたしママにもちょっと怒ってるの」

「……え?」

「パパが死んだとき、わたしだって悲しかった。なのにママが先に泣いちゃうから、泣けなくなっちゃったんだよ!」

 わたしは「怒っている」と言いながら、言っているうちにまた涙がこぼれてきた。
 貢はわたしの言うに任せて、止めなかった。ちゃんと言いたいことは言うべきだと、わたしに伝えたかったんだと思う。

「ごめんね、絢乃。気づいてあげられなくて。だからもう泣かないで」

「うん……。ママ、わたし決めたよ。もう言いたいこと我慢するのはやめる。ありのままのわたしで、パパを超える篠沢のリーダーになる。わたしが責任を持って篠沢グループを引っ張っていく。だから……、ママと桐島さんにも力を貸してほしい。お願いします」

「もちろんよ」

「僕でよければお力になりましょう。よろしくお願いします、絢乃会長」

「うん!」

 わたしは頼もしい二人の前で、涙を流しながら決意表明をしたのだった。