――午前の、他には誰もいない斎場で父に最期のお別れをした後、黒塗りの社用車やハイヤーなどでズラズラとついてきていた親族一同とわたし・母・貢の三人を除く役員や幹部の人たちは帰っていった。……村上(むらかみ)(ごう)社長のご一家と一緒のクルマに同乗してきていた小川さんも。

「――奥さま、絢乃さん。私は本日付で会長秘書の任を離れ、村上社長に付くことになりました。これまで本当にお世話になりました。秘書の業務につきましては、桐島くんに引き継いでおりますので彼のこと、よろしくお願いします」

「ええ、聞いてるわ。あの人が直々に指名したんでしょう? あなたも夫によく尽くしてくれてありがとう」

「……はい、ありがとうございます。会社を辞めるわけではないので、絢乃さんが会長に就任されたらまたお会いすることもあると思います。――絢乃さん、私もあなたが会長になって下さることを願う者の一人です。頑張って下さいね」

「ええ。小川さん、父のために色々とありがとう。わたしも貴女(あなた)が父の秘書でいてくれてよかったと思ってます。これからもよろしく」

「はい……! では、私もここで失礼致します」

 小川さんは社長ご一家とは別に帰るらしく、スマホのアプリでタクシーを一台手配していた。その時に涙を浮かべていたのは、やっぱり父のことが好きったからだろうと思う。


 父の棺が火葬炉に入れられると、わたしたちは待合ロビーではなく奥の座敷へと移動した。ここからが、振舞いの席という名の親族戦争第二ラウンドの始まりだった。

 お座敷にはこの日のために発注された美味しそうな仕出し料理が並んでいたけれど、好き放題に父やわたしの悪口を言う親族たちにイライラして、味なんてほとんど分からなかった。

「――加奈子さん、あんたの婿さんもとんでもないことをしてくれたもんだ。死んだ人のことを悪く言いたかぁないが、グループの伝統を思いっきり引っかきまわしてくれた挙句(あげく)、こんな小娘を後継者に指名するとはな。まったく、よそ者のくせに何を考えてたんだか」

「そうだそうだ! 元々このグループは、篠沢一族が回していたっていうのに。それをあの婿さんが、一人残らず末端(まったん)企業の閑職(かんしょく)なんかに追いやっちまいやがって。会長の権力を笠に着て偉そうに!」

 わたしは機械的に箸を動かしていたけれど、だんだん聞くに()えなくなっていた。わたしのことを「頼りない」とか「まだ子供のくせに」とか言うのはまだいい。それは事実だし、自分でもそう思っていたから。でも、最後の最後までグループのためを思っていた父のことを悪く言われるのは我慢がならなかった。