「里歩、来てくれてありがと。おじさまとおばさまは?」

「どうしても外せない用事があってさ、今日はあたしが名代(みょうだい)で来た。香典も預かってきたよ」

「そう。里歩ちゃん、ご苦労さま」

 泣き笑いの表情で里歩に接していた母とは対照的に、わたしは上辺だけの笑顔を薄っすら浮かべていただけだった。父を失ってすぐに親族から負の感情を向けられたわたしは、防御策として心をフリーズさせることにしたのだ。

「……絢乃、アンタ大丈夫? 相当ムリしてるっぽいけど、これじゃそうなっても仕方ないか」

 会場に流れていたピリピリした空気に、里歩も気づいていたらしい。

「アンタの一族、かなり荒れてるとは聞いてたけど、ここまでひどいとはねぇ」

 彼女は慰めるようにわたしの肩を叩きながら、露骨に眉をひそめた。

「大丈夫だよ。あんなの放っとけば。わたしは別に何とも思ってないし」

「それならいいんだけどさ。あたし、式の間ずっとアンタの隣に座ってるから。何かあったら言いなよ?」

「うん、ありがと」

 そんなわたしたちのところへ、黒のスーツに黒いネクタイを締めた貢もやってきた。

「――桐島さん、ご苦労さま」

「絢乃さん、この度はご愁傷さまです。――ああ、里歩さんも来て下さったんですね。ありがとうございます」

「ああ、いえいえ。ウチの両親も絢乃のお父さんにはお世話になってましたから。桐島さん、絢乃の秘書になったそうですね」

 彼が秘書になったことは、前もって里歩にも伝えてあったのだけれど。

「はい。絢乃さんはこれから篠沢グループを背負って立つ人ですから、僕でお役に立てることがあればと思って」

「桐島さん、ちょっと厳しいこと言いますけど。絢乃の秘書になるってことは、この子に自分の生活全部をささげるってことだって分かったうえで決めたんですよね? あたし、あなたにいい加減な気持ちでそんなこと軽々しく言ってほしくないんです」

「里歩! それはちょっと言い過ぎだよ!」

「いえ、いいんです。もちろん、僕もそのつもりでいますよ。絢乃さんのことは僕が全身全霊お守りすると決めましたから」

 困惑して親友をたしなめたわたしに、彼は本気の覚悟を見せてくれた。

「……それならいいんです。ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃって。絢乃のこと、これからよろしくお願いします。――絢乃、ホントごめん」

「ううん、いいよ。ありがと」

 わたしは貢に対しても、薄っぺらな笑顔で受け答えしていた。でも、二人とも、特に貢は気づいていたと思う。わたしのメンタルが、ギリギリのバランスを保って持ちこたえていただけだということに。