その頃の父は、後藤先生も言っていたとおり体力はほぼ残っていなくて、気力だけで生きているような状態だった。体重もかなり落ちてはいたけれど、最近の抗ガン剤は副作用が少ないらしい。髪が抜け落ちるようなこともなく、痩せた以外は病気になる前の父とほとんど変わっていなかった。

「……もう、わたしもママも覚悟はできてるの。パパは十分頑張ったんだから、旅立った時は『お疲れさま』って見送ってあげようね、ってママと話してて」

 彼が気を遣わないように、わたしは努めて明るい口調を心掛けた。
 父の余命宣告をされた日に泣いて以来、彼の前では一度も涙を見せないようにしていた。彼は優しい人だから、わたしが泣いていたらきっと自分のことのように心を痛めてしまうだろうと思ったのだ。

「……って、なんかゴメンね! 今日はこんな湿っぽい日じゃないよね」

「絢乃さん……、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫! ――あ、ここがリビングダイニングね。どうぞ」

 わたしが無理をしているんじゃないかと心配してくれていた彼に、わたしはカラ元気で答えた。



「里歩、桐島さんが来てくれたよー。……って、パパ! 今日は気分いいみたいだね。よかった」

 貢を連れてリビングダイニングに戻ると、車イスに乗った父が里歩にサンタ帽を被らされていた。

「会長、今日はお招き頂いてありがとうございます。お邪魔させて頂きます」

「桐島君、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。よく来てくれたね、ありがとう。楽しんでいきなさい」

「はい」

 勤務先のボスに対しての接し方で挨拶した彼を、父は穏やかな笑顔で迎えた。「社員はみんな家族」という考え方がここでも表れていて、父らしいなと思った。

「――それで、こちらが絢乃さんのお友だちの」

「中川里歩です。初めまして、桐島さん。絢乃がいつもお世話になってます」

「ああ、いえ。初めまして、里歩さん。桐島貢と申します。よろしく」

 彼はわたしと同じく八歳年下の里歩に対しても態度が固く、わたしも里歩も苦笑いした。

「桐島さん、もっと肩の力抜いて。里歩はわたしと同い年だよ」

「そうですよー。ほら、リラーックスして」

「……はあ」

 わたしと里歩が貢の肩や背中をポンポン叩くと、彼は困ったような笑顔を浮かべた。
 ちなみに、あれから一年半が経った今でも、彼の里歩に対する態度は相変わらず堅苦しい。この後、彼とわたしとの関係性が変わったせいもあるのかもしれないけれど。