「分かりました」とニコニコ顔で頷き、史子さんはやりかけだった他の仕事に戻った。

「――じゃあわたし、桐島さんを出迎えに行ってくるね」

 里歩にそう言ってリビングを出ようとすると、「絢乃、ちょっと待ちな」と引き留められた。

「なに?」

「アンタ、鼻のアタマにホイップクリーム付いてるよ。その顔で彼を迎えるつもり?」

「えっ、ウソ!?」

 彼女はさりげなく、デニムのミニスカートのポケットから手鏡とポケットティッシュを取り出し、わたしの鼻に付いた汚れを拭き取ってくれた。

「……はい、取れた。まったくこの子はもう、手がかかるんだから」

 やれやれ、と呆れたように肩をすくめた里歩は、同い年だけれどわたしのもう一人の〝お母さん〟みたいだった。

「ありがと。じゃあ、今度こそ行ってくるね」


「――絢乃さん、今日はご招待、ありがとうございます。おジャマします」

「いらっしゃい! 来てくれてありがとう。どうぞ、これに履き替えて。会場はリビングダイニングなの」

 わたしは玄関にいる貢をとびっきりの笑顔で迎え、来客用に用意された紺色のモコモコスリッパを勧めた。ちなみに、里歩もそれの色違いであるピンクのスリッパを履いていた。

「……あの、玄関に女性もののウェスタンブーツがあったんですけど。あれはどなたのですか?」

「わたしの親友だよ。中川里歩っていう子で、今日も午後イチで来て準備を手伝ってくれたの。後で紹介するね」

「……そうですか」

 廊下でのわたしとの会話中も、彼はソワソワと落ち着かない様子だった。やっぱり、わたしのカンは当たっているんだろうかと思い、先手を打ってみた。

「――ねえ桐島さん。わたしとちょくちょく会ってること、パパに後ろめたいと思ってるなら大丈夫だよ? パパも知ってるもん」

「え…………、そう……なんですか?」

「うん」

 わたしは頷いてから、「それはどうして」と理由を掘り下げられたらどうしようかと思った。ここは告白するタイミングではなかったし、うまく言い逃れる自信もなかったから。

「ああ、そうだったんですか。よかった……」

 ようやくホッとした様子の彼を見て、わたしのカンは当たっていたんだと確信した。まだ、彼がわたしに対して抱いている好意が恋心かどうかまでは分からなかったけれど。

「――ところで今日、お父さまの具合は……? もう会場にいらっしゃるんですか?」

「まだ部屋にいるみたい。具合は相変わらずかな。気分がよければ顔出してくれるって言ってたけど」

「そうですか」