わたしは紙幣を握らせた彼の手にぐっと力を込めた。そんなわたしの圧に負けたのか、彼はとうとう折れた。

「……あなたには負けました。ありがとうございます。お父さまが心配でしょう? 早く行って差し上げて下さい」

「うん。じゃあ……また」

 わたしは頷き、彼に背を向けた。彼がお金を受け取ってくれたことに満足したからじゃない。何より父と話がしたかったから――。


 玄関で、もどかしい思いでスリッパに履き替えてリビングに飛び込むと、父はケロッとした顔をしていた。母の話では、余命宣告の時に父もその場で一緒に聞いていたはずなのに。

「――おかえり、絢乃」

「ただいま……。パパ、大丈夫なの? 余命宣告受けて、ショックだったんじゃないの?」

「そりゃ、まぁな。ショックを受けなかったと言えばウソになるが……。お父さんは前を向くことにしたんだ。これから残された時間を、お前やお母さんと一緒に大事に過ごそうと。ちゃんと会社にも顔を出す。体が動く間はな」

「そっか……」

 父も覚悟ができているようで、わたしに語った内容も貢からのアドバイスと同じだった。父は自分の病気と、命と向き合うことに決めたのだ。それならわたしも、父の命の期限と向き合わなければ。

「わたしも、これからパパともっと話したい。一緒に思い出いっぱい作ろうね」

「ああ」

 父が病気と闘うのなら、ひとりでは闘わせない。精一杯、父を支えていこうと決めた。


 ――わたしは夕食の時間まで自室で過ごし、その間に里歩とメッセージのやり取りをした。


〈パパ、ガンで余命三ヶ月だって!
 ショックだけど、パパが治療頑張るならわたしも前向こうって決めた。
 桐島さんもそう言ってくれたから……〉


〈そっか。あたしも安心したよ♪
 桐島さんってホントいい人みたいだね。あたしも会いた~い!!!〉


〈いつか里歩にも紹介するよ。楽しみにしててね♡
 明日も学校行くから、今日の午後のノートよろしく。〉


 父の余命宣告というつらい現実にぶち当たっても、わたしは前向きな気持ちでいられた。それは里歩というかけがえのない親友の存在と、初めての恋の魔力がそうさせてくれたのかもしれない、と今は思う。