状況的には前日とほとんど変わっていないのに、わたしは何だかソワソワと落ち着かなかった。「彼のことが好きだ」と自覚したせいだったのかもしれない。

「……迎えに来てくれたのが桐島さんで、なんかビックリしちゃった。てっきり寺田さんが来るものだと思ってたから」

 それでも何か言わなきゃ、と話題を探して口を開いてみた。彼に父の病気のことを話すには、まだタイミング的に早いと思ったから。

「寺田さんって、昨夜パーティー会場に来られていた方ですか? 五十代後半くらいでロマンスグレーの」

「そう。篠沢家の専属ドライバーさんなの。もう三十年くらい、ウチで働いてくれてるらしいよ」

「そうなんですね」

 貢はこんなくだらない話題なのに、律儀に相槌を打ってくれた。

「……でも、ビックリしたけど嬉しかったよ。来てくれたのが貴方で。……ってこんな時に何言ってるんだろうね、わたし! ゴメンね!?」

 好きな人が迎えに来たからって浮かれている場合ではない、と我に帰り、この話は一旦リセットした。

「ねえ、貴方と小川さんってどんな関係なの?」

 これは多分嫉妬なんかじゃなくて、純粋な疑問だった。彼女が母からの個人的な頼まれごとを貢に託したということは、二人がプライベートでも近しい関係だからなのかな、と。

「小川さんは、僕と同じ大学の二年先輩なんです。学生時代から色々とお世話になっていて……。でもそれだけです。先輩は僕のことをただの後輩としか思っていませんし、多分好きな人がいるはずなので」

「…………小川さんに、好きな人?」

 貢はなぜか言い訳がましく弁解していたけれど、わたしはそれよりも()()()の方が気になっていた。そして何となく分かっていた。それが父であることが。けれどそれは決して不倫なんかじゃなく、彼女の片想いだった。

「――ところで絢乃さん。お父さまの病名は何だったんですか? お母さまから連絡があったんですよね?」

「うん……、ちょっと待って」

 わたしがなかなかこの話題を言い出せなかったのは、まだ心の準備が整っていなかったからだった。あまりにもショックが大きすぎて、胸が押し潰されそうで、気持ちの整理ができなかったからだ。

「…………パパね、末期ガンで、余命三ヶ月だって」

 やっとのことで言うと、彼もハッと息を呑んだのが分かった。

「病状が進行しすぎて、もう手術はできないって。通院で抗ガン剤治療を受けることにはなったけど、それでどこまで持ちこたえられるか、って……」