――わたしが彼と初めて出会ったのは、二年前の十月半ば。グループの本部・篠沢商事本社の大ホールで父の誕生日パーティーが開かれていた夜のことだった。

 父の家族として、母の加奈子(かなこ)とともに出席していたわたしは突然姿が見えなくなっていた父を探して会場内を歩き回っていた。やたら裾が広がってジャマになる桜色のミモレ丈のドレスに、歩きにくいハイヒールのパンプスでドレスアップして。
 父はその数日前から体調を崩し、体重もかなり落ちていたけれど、「自分の誕生祝いの場に出ないわけにはいかないだろう」と無理をおして出席していた。

「どこかで具合悪くなって、ひとりで倒れてたりしないかな……。なんか心配」

 一度立ち止まり、(あた)りをキョロキョロと見回したその時だった。貢がその会場にいることに気づいたのは。
 彼が明らかに会場内で浮いているなと感じたのは、彼ひとりだけが(わたしを除いて)ものすごく若かったから。着ていたのはグレーのスーツだったけれど、まだなじんでいない感じが見て取れたのだ。多分、入社してまだ五年と経っていないんじゃないかな、とわたしには推測できた。
 身長は百八十センチあるかないかくらい。スラリと()せているけれど、貧弱というわけでもなく、程よくガッシリとした体型。そして、顔立ちはなかなかに整っている。間違いなく〝イケメン〟のカテゴリーには入るだろう。何より、優しそうな目元にわたしは()かれた。
 それともう一つ、彼が周りの人たちに対してあまりにも腰が低かったから、というのもわたしが彼に注目した理由だった。この日招待されていたのはグループ企業の管理職以上の人たちばかりだったけれど、彼が役職(ポスト)()くには若すぎたし、そもそもウチのグループに二十代の管理職がいたなんて話、わたしは父から一度も聞かされたことがなかった。

「もしかしてあの人、誰か他の招待客の代理で来てるのかな……?」

 ――と、思いがけず彼とわたしの目線が合った気がした。
 あまりにもジロジロと(ぎょう)()しすぎていたかも、と少し気まずく思い、それをごまかそうとこちらから笑顔で()(しゃく)すると、彼も笑顔でお辞儀をしてくれた。
 ……なんて律儀(りちぎ)な人。こんな年下の小娘に丁寧に頭を下げるなんて。――彼に対するわたしの第一印象はこれで、気がついたら彼のことが気になって、彼から目が離せなくなっている自分がいた。
 この感情が〝恋〟なのだと気づいたのは、その翌日のことだったけれど……。だってわたしは、それまでに一度も恋をしたことがなかったから。