「篠沢商事の社員の人なんだけど、二十代半ばくらいで、顔はそこそこイケメンだよ。身長は百八十ないくらいかなぁ。真面目だけど優しくて、すごく親切にしてくれた。帰りもクルマで家まで送ってくれたんだよ」

「あらあら」

 ――前日の夜、バスタブに()かりながら考えていたのも、貢のことばかりだった。一人の男性のことがこんなに気になったのは生まれて初めてのことで、これが「恋」というものなのかとわたしは初めて知った。

「もしかしてアンタ、その人のこと好きになっちゃった?」

「…………えっ? うん……そうかも」

 素直に認めたことで、「ああ、やっぱりそうなんだ」と自分の中でしっくり来た。

「なるほどねぇ♪ どうりで今日、髪もお肌もいつもに増してツヤツヤなわけだ。アンタはいっつも可愛いしスタイルいいけどさぁ」

「そう……かな?」

 わたしは普段から髪やお肌のケアに手を抜かない主義だけれど、恋をしたら幸せホルモンがいっぱい出るのでより髪やお肌のツヤがよくなる、ということらしい。

「その人、桐島さんっていうんだけどね。もう連絡先も交換してあるの。昨日会ったばっかりなんだけど……」

「それって〝一目惚れ〟ってことだよね?」

「えっ、そう……なのかな」

 わたしは別に、ルックスだけで彼に惹かれたわけではないのだけれど。知り合ったばかりの相手に恋をしたということは、つまりそういうことなんだろうと解釈した。

「でも、パパが大変な時にいいのかなぁ? ちょっと不謹慎だよね……」

「そんなことないんじゃない? そういう人が一人でもいるっていうのは心強いよ。精神的支柱っていうか、心の拠りどころっていうか? アンタの恋、あたしは応援するよ」

「そうかなぁ……。ありがと」

 ――そんな話をしていると、ホームに電車が滑り込んできた。朝の通勤・通学ラッシュの真っ只中で、この日も車内は混み合っていた。

「――あのね、里歩。わたし昨日、覚悟を決めたの。パパに万が一のことがあったら、わたしが篠沢グループのリーダーになるんだ、って」

 里歩と二人、ドア付近に陣取ったわたしは彼女に自分の決意を打ち明けた。

「えっ、そうなの?」

「うん。昨夜、閉会の挨拶した時にね、これは遠くない未来に自分がやらなきゃいけないことなんだって思ったの。だから今から覚悟決めとかなきゃ、って」

 本当に覚悟を決めたのは、帰りの車の中で貢と話していた時だったけれど。

「へぇー、スゴいじゃん絢乃! マジ尊敬するわー!」

「そんなに大げさなことじゃないよ」

「いやいやー。あたしが同じようにやれって言われても絶対できないもん。マジでスゴいって」

「そんなことないと思うけどなぁ」

 わたしは謙遜したけれど、里歩は「またまたぁ」と尊敬の(まな)()しをやめようとしなかった。

「……あ、そうだ。わたし今日、ママから連絡あったら早退することになると思うから」

「そうだよね。オッケー♪ 授業のノート、アンタの分も取っとく」

「ありがと。頼んだよ」